(5)俺も今夜はお前ん家に

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(びっくりしたけど……嫌じゃ……なかった……)  今まで付き合ってもいない異性と不用意に接近することを、絶対にありえないと思ってきた天莉(あまり)だ。  なのに――。 (私、どうしちゃったの?)  傷心の身と言うのはガードが甘くなるというのは漫画や小説やドラマで〝知識として〟何となく知っていたけれど。  これでは自分もまるでそうなのだと現実を突きつけられているようで、何だかいたたまれない気持ちになってしまった。 (私、高嶺(たかみね)常務のこと、どう思ってるの? まさか……彼とどうこうなりたいって望んでる……? 博視(ひろし)にフラれたばかりなのに? 有り得ないでしょ)  ――いや、もしかしたらフラれたばかりだからかも知れない。  自分の本心が分からなくて戸惑いに揺れる瞳で(じん)を見上げたら、直樹(なおき)がそっと尽との間を(さえぎ)るように立ち位置を変えてきた。  直樹の表情から、彼が自分のことを気遣ってくれているのを感じた天莉だ。  一見冷たそうに見える高嶺常務専属の秘書だけれど、実際はそんなことないのだと、天莉はここ数分で思い知ってしまったから。  答えの見えない自分の気持ちを先延ばしにするための()り所として、天莉は直樹を(すが)るような眼差しで見詰めた。 ***  直樹は天莉からの不安そうな視線を受け止めると、小さく吐息を落として立ち上がった。  そうしてゆっくりと幼なじみの方を振り返る。  そのまま天莉を(かば)うように彼女と尽の間に立ちふさがったまま――。 「(じん)、いま玉木さんにそういうことを聞くのはフェアじゃないだろ」  尽を睨み付けながらそう告げたら、幼なじみは何らひるむことなく半歩ばかり距離を詰めてきた。  ばかりか、そのまま直樹の耳元に唇を寄せると、直樹にだけ聞こえるくらいに低めた小声で言うのだ。 「直樹(なお)、お前はいつからそんなに馬鹿になってしまったの? 俺は本気で玉木天莉を口説きにかかってるって言ったよね? 彼女にもそう告げた上で動いている、とも示唆(しさ)したはずだ。まさか……もう忘れてしまったの?」  確かに尽は直樹にそう宣言したのだ。  忘れるわけがない。
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