(6)囚われの天莉

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***  (じん)が、顔を伏せてむくれた天莉(あまり)を抱いたまま、駐車場から繋がったエントランスをくぐる。  入り口から二か所ある自動ドアを抜けた先はまるでホテルのロビーみたいになっていて、足元の人工大理石が艶々とテカっていて。  それを見るとはなしに見遣って、雨の日なんかは滑りそうで怖いな?などと、ぼんやり思ってしまった天莉だ。  ロビー全体を照らすシーリングライトは目に優しい黄色みがかった落ち着いた色合いで、真正面には男性コンシェルジュがひとり常駐している受付があった。 「お帰りなさいませ。高嶺(たかみね)様」 「ただいま」  この五階建てのマンション内には、一体何世帯が入っているんだろう?  まさかあの男性コンシェルジュは、このマンション全体の住人の顔と名前を覚えていると言うのだろうか?  それとも、尽が住人だから覚えているだけ?  当然のように尽の名前を告げて交わされたやり取りに、天莉は(まさかここは高嶺常務のご自宅ですか⁉︎)などと考えてソワソワと落ち着かない。  しわになることを気にして極力触れないようにしていた尽の胸元をギュッと握りしめて「あ、あのっ」とか細い声で呼びかけた。  やはり駐車場で抱き上げられた時にすぐ、もっと真剣にジタバタして床へ下ろしてもらっておくべきだったと後悔の念ばかりが募る。  尽は「遠慮するな」と何でもないことのように言ったけれど、実際は固辞すべきだったのだ。  だって、独り身のはずの尽が、得体の知れない女をお姫様抱っこで連れ帰ったとか。  コンシェルジュがどこまで住民のプライベートを気にするものなのかは知らないけれど、普通に考えて変に思われていることは確かだろう。  キュッと身をすくませた天莉に、「何も心配することはないからね。堂々としていなさい」と尽が落ち着いた声音で微笑み掛けてきたけれど、で『そんなの無理に決まってますよぅ』と情けない返事をした天莉だ。  そんな二人を見て、コンシェルジュの彼が「失礼ですがそちらの方は?」と問いかけて来たのは当然だろう。  その問いかけに、天莉はいよいよ消えてなくなりたいと思ったのだけれど。
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