(6)囚われの天莉

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 この馬鹿みたいに広いリビングの隣は、どうやらキッチンになっているらしい。  何人家族想定ですか?という立派なシステムキッチンが見えて、料理好きの天莉(あまり)は設備の立派さに思わず吐息が漏れてしまった。  流行りの単純なアイランドキッチンかと思いきや、ほんの少しイメージと違っていて。  L字型に設置されているシステムキッチンそれ自体が空間を仕切る壁の様な役割を担っている感じ。  煮炊きが出来るガスコンロ側はリビング(こちら)へ面していて、シンク側はダイニングルームに向いている様相。  この構造だと、料理中もリビングとダイニングの両方を見渡すことが出来そうだった。  加えて天莉の目を引いたのは、システムキッチンとは別にキッチンのド真ん中に設置された大きな作業台。 (あそこにお皿とか並べて盛り付けしたら楽ちんだろうな? つい嬉しくて何品も作っちゃいそう! ――けど何か意外。オール電化じゃないんだ)  真っ(たい)らなIHクッキングヒーターではなく、ガスコンロ特有の黒々とした五徳(ごとく)が四つ並んでいるのが見えるので、きっとそう。  天莉は火力の調整がしやすいガスコンロの方が好きなので、余計に(うらや)ましく思って。  なのに綺麗に磨き上げられたそのキッチンからは、使用感が全く感じられないから。『もしかして、使われてない?』と眉根を寄せる。  電話を終えた(じん)が、そんな天莉の視線を追って、「俺は自炊(じすい)はしないからね。キッチンはほとんど使ってないんだ」と見たままのことを告げてきた。  料理をすることが大好きな天莉は、尽の言葉に瞳を見開くと、現状も忘れて「もったいないです」と吐息を落とさずにはいられない。  天莉のワンルームマンションは、残念なことにガスコンロは一つ口。  何かを煮込みながら別の料理をするということが出来ないのが凄く不便で。  仕方なく電子レンジをフル活用したり、たまにカセットコンロを持ち出してそちらを並行して使ったりすることもあったから。 「そう思うかね?」  尽がしたり顔でククッと喉を鳴らしたのにも気付かないまま、天莉は「とても」としみじみつぶやいた。
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