(6)囚われの天莉

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*** 「それで――」  話の区切り目が見えたと感じた(じん)は、目の前に置かれた猫満載のコミカルな書面に、矢羽根をかたどったクリップが特徴的な黒のボールペンを添えて天莉(あまり)の方へそっと寄せ直した。 「さっきの話の続きなんだがね……」  繰り出し式のペン先は、先程ポケットから取り出した際にすぐ使えるよう軸から覗かせてある。  尽が動かしたことでゆらゆらと紙の上で揺れたペンの、ペン軸の繋ぎ目に入った金色のリング(ライン)が、淡いクリーム色のシーリングライトの光をキラリと跳ね返した。  尽の手によく馴染む流線型のフォルムが美しいそのペンは、インクがなくなるたびに替え芯を入れ替えては、二十歳(はたち)の頃から愛用している、高級筆記具ブランド『パーカー社』のソネットシリーズのものだ。  これを人に貸したことは……それこそ直樹と璃杜(りと)くらいにしかないのだが、そこに天莉を加えるのも悪くないと思って。 「あ、あの……私……」  急に婚姻届へ話を戻されたことに、天莉が明らかにオロオロと瞳を揺らせたのが分かった。  だがそれも、尽にとっては想定の範囲内。 「キミは……『叶うものなら今すぐにでも結婚したい』んだろう?」  それは、天莉が執務室でうなされながら発しただった。  だが、例え寝言とはいえ、あんな自分にとって都合の良い言葉を聞き逃してやるつもりはないのだ。 「そ、れはっ」 「長年付き合ってきた恋人を後輩に呆気なく奪われて……。つい悔しまぎれに見た夢でうなされて出ただけの、ただの寝言だとでも言うつもりか?」  尽は、そこでわざと天莉を冷ややかに見下ろしてみせる。 「そっ、そこまで分かっていらっしゃるのなら……!」  天莉が尽の視線に耐えかねたように顔をうつむけて、「聞かなかったことにしてください……」と消え入りそうな声音でぼそりと付け足すから。  尽は、あえて天莉が再度自分の方を向くように彼女の手を握った。 「た、かみね常、務……っ!?」  その手を振りほどこうと、天莉がおびえたような視線を自分に向けたのを確認して、尽は畳み掛けるなら今だ、と思った。
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