(7)俺は根菜の味噌汁が好きなんだ

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 出汁(だし)の優しいホカホカのうどんは、天莉(あまり)の疲れ切った心を癒してくれた。  恐らく弱った天莉の胃腸に配慮してくれたのだろう。  具材はとろりとした半熟の温泉卵と、ネギ、それからくたくたに柔らかく煮込まれたニンジン、そして白菜のみで。  お腹に堪えそうな揚げ物や肉類は一切入っていなかった。  (じん)が、婚姻届が机上に置かれたままのリビングから移動して、ダイニングの食卓上に食事の支度(したく)を整えてくれたのも天莉の心を解きほぐす一助になったと思う。  あれを目の端にとらえながらの食事は、きっとしんどかったから。  ふと対面に座る尽のうどんを見た天莉は、別に自分に付き合わなくても良かろうに、天莉と同じうどんを頼んでいたことにちょっとだけ驚かされて。  そんな天莉からの視線に気付いた尽が、「同じものを食べた方が色々共有出来て楽しいだろう?」と微笑んだ。  食卓という物理的なリーチを間に挟んでいる安心感も手伝ってか、尽のその笑顔にほわりと胸の奥が温かくなった天莉だ。  考えてみれば、横野博視(ひろし)という男はそういう配慮の全くない人だった。    いつも天莉を置き去りに好きなものをさっさと頼んで、下手したら天莉のものまで何の確認も無しに勝手に決めて「俺、こっちも食いたいから来たら食わせて?」というようなタイプだった。  きっと、今目の前で「飲み物は水しかないんだがそれで大丈夫か?」と聞いてくれている尽は、そういうことはしないんじゃないかなと思って。    (じん)からのとんでもない提案でひるんでいた天莉だったけれど、だからといって尽はそのあと天莉に変に詰め寄るようなこともなく、穏やかに時間が過ぎた。
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