(7)俺は根菜の味噌汁が好きなんだ

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 顔をうつむけがちにしたまま近付いた天莉(あまり)に、(じん)が深めの鉢を指さすから。 「ああ、それは……芽が出たジャガイモがもったいなくて……植え付けてみたんです」  博視(ひろし)に何か作るつもりで大きな袋で買ったジャガイモ。  日が当たらないよう暗くして保管していたけれど、残り二個と言う段になって芽吹かせてしまった。  こんなことなら大盤振る舞いで沢山使っておけば良かったと思ったけれど、作ったところで食べる宛がなかったかも知れない。  そんなことを思い出して。  声を震わせないよう気を付けながら、「うまくいけば百日くらいで収穫出来るはずです」と説明したら、興味深そうに吐息を落とされた。 「それは楽しみだな」  何でもないことのようにさらりと言われて、つい「はい、楽しみです」と答えたら、ククッと笑われて。  そこで初めて、(あん)(ほの)めかされていたんだと気付いた天莉だ。  「あっ」とつぶやいて思わず顔を上げたら、涙に濡れた目元に気付かれたんだろうか。  尽がそっと天莉を腕の中に抱き締めてきた。 「あ、あの……っ」  そのまま優しく背中をポンポンと撫でられるのが照れくさくて、わけが分からない。  こんなに簡単にお付き合いもしていない男性に気を許してはいけないと思うのに、尽から伝わってくる温もりと、鼻腔をくすぐる彼の甘い香りが心地よくて、ついこのまま甘えてしまいたくなって。  ギュッと身体を縮こまらせて、尽の腕を振り(ほど)き切れずに逡巡(しゅんじゅん)していたら、「――収穫は五月下旬ごろか。俺は根菜の味噌汁が好きなんだけどね、作ってくれるかい?」と嬉し気に問われて。  胸に顔を押し当てられているから、尽の低い声が鼓膜だけではなく肌にも振動で伝わってくる。  その甘やかな声音に、グッと言葉に詰まってしまった天莉(あまり)だ。
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