(7)俺は根菜の味噌汁が好きなんだ

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 幸いベランダは部屋から漏れ出るシーリングライトの明かりのみを光源にしていて、部屋の中ほど明々(あかあか)としていない。  今、天莉(あまり)(じん)に抱かれる形で部屋を背にしているので、余計でも表情が読み取りにくいはずだ。  今夜は新月に近くて、冴え冴えとした冬の空気のなか、星々がいつもよりクッキリ見えている。  それらを確認した天莉は、尽の胸元についた手にほんの少しだけ力を込めて、彼との間に隙間をあけた。  そのまま間近から尽を見上げて、「げ、元気になれたら……」と言葉を(つむ)ぎ始める。 「ん?」 「あの……そこまで待って頂かなくても……。わ、私の体調が回復したら……。ご迷惑をお掛けしたお詫びにご飯をお作りします」  百日後のことなんて分からない。  そもそも博視(ひろし)だって、付き合い始めて数年はすごく優しかったのだ。  ここ一年ちょっとの酷い仕打ちで、幸せだった頃の記憶が塗り潰せたら楽になれるのに。  楽しかった頃の、天莉のことを大切にしてくれていた頃の博視との思い出も馬鹿みたいに忘れられないから辛い。  そう。  それこそ良い思い出がひとつもない相手だったなら、別れを切り出されたことが……。  別の女性に乗り換えられて捨てられてしまった事実が……。  こんなにショックじゃなかったはずで――。 (高嶺(たかみね)常務だって、今はこんなに優しくして下さっているけれど、ずっとそうだとは限らないじゃない)  だったら受けたご恩は早めにお返しして、傷が浅く済むうちに関係を断ち切った方がいい。  先のことなんて考えないに限るのだ。  そもそも高嶺(たかみね)(じん)ほどの男性が女性にモテないはずがないし、そんな人を好きになってしまったら、天莉はきっとまた女性の影に傷付いて泣くことになる。
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