(2)体調不良が招いた出会い

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「……分かりました。お引き受けします」  皆まで言われなくても今回紗英(さえ)をしろと言うことなのだと瞬時に理解した天莉(あまり)は、体調不良を身体の奥底へ押しやって課長から差し出された書類を受け取った。  本当は、今にも倒れそうなくらい気分が悪い。  でも……。  生来の面倒見の良さと生真面目な性格が、目の前で弱ったように眉根を寄せる課長を邪険に出来なかったのだ。 「先輩(せんぱぁい)。ホントすみませぇーん。もぉー、ちゃんと最後までやりたかったんですよぉ? けどぉ……。うぷっ」  上司の前だから一応の体裁(ふり)だろう。  天莉の前では〝紗英〟な後輩の一人称が、わざとらしく〝私〟になっているのが滑稽(こっけい)に感じられてしまった天莉だ。  そうしたところで間延びした物言いに変化はないので、社会人としてはダメダメな感じなのに気付けないのが残念な子だ。  だが、思わず守ってあげたくなるような、ゆるふわ小動物系の外見のお陰か、課長はデレデレと鼻の下を伸ばしていて(とが)める気配がない。  天莉は紗英がどんな血統だろうと関係ない、彼女自身のためだと思って、これまで再三口を酸っぱくして注意してきたつもりなのだけれど、一向に直らない――直そうとしない?――様子の紗英の口調に、最近では半ば諦めモードだった。  加えて、つい先日博視(こいびと)を寝取られ、いやらしい本性をむき出しにされた今となっては、この先この後輩が人からどう思われようともうどうでもいいというのが正直なところ。  わざとらしく「うぷっ」と言いながら口元を押さえた紗英に、天莉は『吐きそうなのは私の方なんだけどな?』と思った。  それでも目の前の紗英と違って、天莉にはもう心配してくれる彼氏(ひと)はいないのだから。  小さく吐息を落とすと、天莉は紗英のやりかけの仕事に取り掛かった。
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