(8)まさか今、猫缶とか持ってたり?

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 元々高嶺(たかみね)(じん)という男は、天莉(あまり)のことをすぐに抱き上げようとしてきたり、弱っているところを的確に見定めて抱き締めてくるところはあった。  けれど、何でもないときにこんな風に距離を詰めてくることはなかったはずなのに。  不覚にも今、「はい」と答えてしまったことで、(じん)のリミッターが振り切れた気がする。  尽に近付かれるたび鼓動がうるさいくらいに鳴り響いて、天莉は苦しくてたまらないというのに。  心臓に悪いのでやめて欲しいと腕を突っ張るようにして尽から距離を取ろうとしたら、 「猫……。天莉はどんな子をお迎えしたい?」  と耳のすぐそば。  まるで麻酔を打ち込むみたいに低く甘い声音で問い掛けられて、思わず腕の力がフニュリと緩んでしまった。  狙っているのかいないのか。  尽の息遣いが耳をくすぐるのが、天莉の心をたまらなくざわつかせる。 「あの……。本気、なん、です……か?」  途切れ途切れに言いながら恐る恐る尽を見上げたら、「何を今更。俺はいつでも本気だよ?」と目を(すが)められて。  その〝本気〟の中にはきっと、猫のことはもちろん、自分を口説くことも含まれているのだと改めて実感させられた天莉だ。 「……私、もう二度と傷付きたくないんです」  尽の真っすぐな目を見て話すには余りに情けない言葉な気がして、スッと視線を伏せたら、「それに関しては俺のことを信用して欲しいとしか言えない。気が利いたことを言ってやれなくてすまない」とやけに素直に謝られて。  天莉はその言葉に思わず尽を見上げずにはいられなかった。  てっきり自信満々に「俺を信じろ」と言われるかと思っていたのに。
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