(9)貴方にだけは知っておいて頂きたい

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 それを聞いた天莉(あまり)は「えっ」とつぶやいて大きく瞳を見開いた。 「あ、あのっ、常務っ」  天莉が思わず『何で私まで!?』という思いで(じん)を見上げたら、それを断ち切るみたいに「では後ほど……」とクルリと(きびす)を返されてしまう。  尽が立ち去っても、しばらくの間フロア内はしん……と静まり返っていて。  その静寂を破るみたいに場違いな声を発したのは江根見(えねみ)紗英(さえ)だった。 「やぁーん。ぃ~、初めて高嶺(たかみね)常務と秘書さんを間近で見たんですけどぉ~! お二人ともめちゃめちゃ背が高くてハンサムさんじゃないですかぁー。あ~ん、っ、あんな人たちとお付き合いですぅー!」  先日天莉(せんぱい)の彼氏だった男――横野(よこの)博視(ひろし)との婚約を電撃発表したばかりだというのに、悪びれもせずまるで今からでも遅くないみたいにで言い切った紗英に、みんなが「えっ?」という視線を向けたが、本人はそんなの一向に意に介した様子はない。 「お腹の子もぉー、ちゃんと育ってないみたいでしんどいしぃ~、いっそのこと紗英、赤ちゃんとサヨ……」 「江根見(えねみ)さんっ」  このまま紗英にしゃべらせ続けてはいけない、と直感的に思ってしまった天莉だ。 (この子、今絶対赤ちゃんとサヨナラって言い掛けた!)  そんなことをサラリと言ってしまいそうになる紗英のことをたまらなく怖いと思ってしまった天莉だ。  紗英の言葉をさえぎるようにして後輩の元へ駆け寄ると、 「悪いんだけどこの書類のこと、少し教えてくれないかな?」  たまたま目についた書類――どう見ても紗英の仕事だと思われた――を手に取って後輩の眼前に突き付けた。
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