(12)初めまして。常務取締役をしております高嶺尽と申します

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***  応接間に通されて天莉(あまり)の両親が着座する直前。  (じん)(あらかじ)め用意していた手土産(てみやげ)を差し出した。 「天莉さんからお二人は和菓子がお好きだとおうかがいしまして……。お口に合えば良いのですが」  言って、猫を抱いていない寿史(ひさし)に手渡したのは、大正十年創業の老舗(しにせ)和菓子屋『桜猫堂(おうびょうどう)』の〝ラム(くん)ドラ〟だ。  卵がたっぷり使われた、しっとり生地に包まれた北海道産大納言小豆(だいなごんあずき)を使用したあんに、絶妙の配合でマイヤーズのラム酒に漬けたレーズンが混ぜ込まれた一品で、頬張った瞬間ラム酒の芳醇(ほうじゅん)な香りが口の中いっぱいに広がる大人のどら焼き。  レーズンは好き嫌いのある食材だが、天莉からのリサーチで、玉木夫妻が北海道土産(みやげ)で有名な、ラムレーズン入りのバターサンドが大好物だというのも織り込み済みの尽だ。  それが好きならこのどらやきも気に入ってくれるはずだと白羽の矢を立てたのだが、人気商品のため入手には結構苦労して。  結局最終的には見かねた直樹が、新幹線を使って九州まで出向いて買ってきてくれた。  もちろん、天莉にはその辺のことは内緒にしてあるし、直樹にも口止めしてある。 (気合いが入り過ぎだと叱られてしまいそうだし……何より直樹(なお)頼みだったというのが情けないしな)  実際には自分で買いに出向きたかった尽だが、山積みの仕事を指し示されて、直樹に思いっきり反対されてしまった。 『どら焼きぐらいわたくしがいくらでも買って参りますので、高嶺(たかみね)常務は自分の業務をしっかりこなしてください。もし帰社してみて仕事が出来ていないようでしたら……どうなるか分かりますよね?』  ビシッと言い渡された言葉は、口調こそ秘書モードだが完全に友人の伊藤直樹としてのモノに近かった。  きっと直樹が満足のいく仕事を出来ていなかったなら、今頃ラム(くん)ドラはここにはなかっただろう。  とはいえ、直樹は尽が天莉の看病を買って出てからこっち、天莉との交際に結構協力的なことも確かだ。 ―――― 『桜猫堂(おうびょうどう)』の〝ラム(くん)ドラ〟のモデルにしたどら焼きのこと、エッセイに上げています。 https://estar.jp/novels/26049096/viewer?page=388 もし宜しければ♥ うなの
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