何でももってる君

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何でももってる君

何でも、持っている彼が。 自ら、車に飛び出した話を聞いたのは、HRが終わった後の出来事だった。 「あいつ、何で死のうとしたんだろうな?」 「恵まれてるやつの考えてる事ってわかんねーわ」 「事故なんだろ?」 「いや、飛び出したのみたって」 それは、中学の卒業式の、7日前の出来事だった。 私の名前は、小花蘭(おばならん) 私には、中学一年生から大好きな人がいる。 成績は優秀、運動神経抜群、バスケ部のエース、アイドル並みの容姿、高身長、家は、お金持ちの花村紫音(はなむらしおん)君だ。 人を見た目で判断する男子生徒達の中で、花村君はそんな事を言わなかった。 「あいつ、きもっ」 「女の子は、みんな可愛いよ」 彼の周りには、いつだってキラキラと星が見える。 そのキラキラに()れたくて、みんな彼に近づいた。 私には、いつしか彼が羽根をもぎ取られた蝶のように見えていた。 あれは、彼が車に飛び出す10日前の出来事だった。 放課後の教室に、荷物を取りに来た私。 「飛べないなんて、可哀想」 教室で、窓の外を見ている花村君に聞こえない声で呟いた。 「君には、俺がそう見えてるの?」 小さな声で言った私を、彼の生気のない目が見つめた。 「ごめん。聞こえてると思わなかった」 私は、鞄に教科書を入れる。 「君だって、俺に()れたいんでしょ?」 私の想像していた花村紫音(はなむらしおん)とは違った。 立ち上がって、私に近づいてきた。 怖くて、鞄を持って、帰ろうとした腕を掴まれた。 「痛い」 「嬉しいくせに…」 「離してよ」 「君みたいな嫌われている子が、俺みたいな奴に腕を掴まれてるなんて、光栄な事だろ?」 ニコニコ優しい、花村紫音(はなむらしおん)はいなかった。 「離して」 私は、花村君の腕を振りほどいた。 「痛いな。ありがたく思えよ」 「羽根をもぎ取られて、飛べない君に、興味はない」 そう言って、私は教室を飛び出した。 私は、とても酷い事を言ってしまった。 酷く反省をして、家に帰った。 小さな頃から、鍵っ子だ。 母は、夜から朝まで働いていた。 父親が作った借金のせいで、基本的にもやしをベースの食事をする。 愛情、そんなものを母から一度も私は、感じた事はなかった。 私はギリギリのラインで生かされていた。 朝方帰宅してお酒を飲む母は、学校に行く娘にこう言うのだ。 「お前は、可愛くない。早く出てってくれない」 父親に似た私を母は酷く嫌っていた。 二つ上の姉は、母のお気に入りだった。 母に似ていた。 姉は、母から一度も暴言も暴力も受けた事はなかった。 母は、姉を溺愛していた。 姉への愛は、誰が見たって明らかだった。 私は、ツギハギだらけの洋服で、姉は新品の洋服。 私は、うるめ一本で、姉はツヤツヤと色鮮やかな鮭を食べる。 「また、見てんの?あんたには、ないから」 「わかってる」 死んでくれればいいのにと、ウン百万回唱えた。 意地悪は伝染する。 「はい、これ三ページは残ってるから」 そう言って、姉からノートを受け取った。 「あんたは、もっと私達に感謝すべきよ。生きていけない人だっている。殺される人だっている。だけど、あんたは生かされてるのだから」 何の感謝をすれば、いいのだろうか? 中学が、給食があるかどうかを調べて母は、父との離婚後にこの場所を選んで決めた。 「あんたに、家の食費から立派なもん食べさせたくない」 もやしだけの炒めものを毎晩毎晩出される。 たまに、肉があるけれど… 姉が嫌がる、脂身やスジばかりだった。 私は、この固いスジの部分をガムのように食べる事を気に入っていた。 いかやたこの固い部分も、貰うとすごく嬉しかった。 ずっと、噛んでいると極上の食材が目に浮かぶようだった。 花村紫音(はなむらしおん)は、どんな料理を食べるのだろうか? テーブルいっぱいに、おしゃれな料理が並び 優しい両親の元、温かい食事をしているに違いない。 あんな死んだ目をしていても、家に帰れば綺麗な服を着ているのだ。 プッ スジ肉のガムを、ゴミ箱に出した。 「くだらない。」 私は、歯を磨いてさっさと眠った。
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