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なぜそんなことを言ってしまったのか、自分でもわからない。ただ、気づいたらそう口にしていた。
「それは、無理……ごめん」
ついさっき、ちょっとだけ近くなったと感じた彼との距離が、また遠のいていく。
返ってきた拒絶は以前よりも控えめで、でも推し計る余地がないほどにハッキリとしていた。
「だよねっ! わざわざ一人で練習するくらいだもんね!」
もう失恋した後なのだ。いまさら私への印象なんて気にしても仕方ない。そう頭では十分理解している。なのに、心は全く順応してくれない。
初めて拒絶されたときとは違う。恐怖も恥ずかしさもなくて、ただ苦しい。
……それでも。
それでも、彼の顔を見れなくても、ここで気まずい空気にしちゃいけない。彼が図書室に来なくなるのだけは避けたい。
「ごめんね、変なこと言っちゃったね!」
笑って誤魔化す。それしかない。
「いや違くて! なんていうか、佐伯さんだと……練習にはならない、から」
彼の声は一呼吸置くごとに段々と小さくなり、独り言のように、ぬるい風に溶け消えていく。
耳を澄ますつもりで彼を見ると、その瞳は揺らぎながらもこちらを向いた。
「佐伯さんは、本番……に、なる」
絞り出すように、ポツリポツリと紡がれていく声。彼は、また紅く色づいていく顔を伏せながらノートを差し出した。
躊躇いながらも受け取ったノートを開く。そこには彼らしい整った字で、予想どおりの読書記録が書かれていた。
そしてたまに、【佐伯さん】の文字も――。
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