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『才色兼備』が男性に適さないのなら、神埼慶くんのために『文美両道』という言葉があってもいいと私は思う。
端正な横顔に、軽やかな黒髪。学ランが映える長い手足。書架の間で立ち読みしている姿は、盗み見ているだけで目の保養だ。
――――あっ、来る!
彼がふと顔を上げたので、私は慌てて手元の本へ視線を戻した。
「これ、お願いします」
「はい」
あなたに興味ありませんよ、と素知らぬ態度でカウンター越しに本を受け取る。
――今日はシリーズ物のあやかし系ミステリーか。
貸し出し手続きをしている間、彼はいつも明後日の方を向いている。というか、もしかしたら、あえて目線を外しているのかもしれない。彼も、私も。
「どうぞ」
「…………」
本を返すと、カウンターに被っていた彼の影が会釈するように揺れる。でも私は気づかないフリを貫き、読みかけていた本へ手を伸ばした。
図書委員になってかれこれ1年半。彼の存在に気づいてから同じだけの月日が流れたが、会話らしい会話をしたことがない。このやりとりだけを、たぶん100回は繰り返してきた。
――――はち、きゅう、じゅう。
ゆっくりと10数えてから、それとなく視線を上げる。窓際の長テーブルに戻っていた彼の横では、ひとりの男子生徒が顔の前で両手を合わせていた。
くしゃりと笑った彼がテーブルの端を指差し、席を立つ。
察するに、課題プリントの手助けを頼まれたらしい。
入学当初から学年上位の成績をキープし続ける彼の、よくある光景。でも彼が気さくに接するのは、男子に対してだけ。女子には常に、見えない一線が引かれている。
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