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『いつも色んな本読んでるよね? よかったらオススメ教えて?』
……過去に一度、カウンターへやって来た彼に声をかけてみた。仲良くなりたい本音を隠し、手続き済みの本を手渡しながら、さりげない感じで。
目が合ったのは、ほんの一瞬だった。彼はすぐにふいと視線を逸らし、「別に……」と離れていった。
私の下心に気づいたのかもしれない。そうじゃないとしても、計り知れないからこそ怖くなった。
私に分かるのは、彼の気分を害したってことだけ。
――喋ったこともないのに、馴れ馴れしい。
――どんな本を読んでいるか把握してるなんて、気持ち悪い。
不安と恥ずかしさが瞬く間に込み上げてきて、それ以来、必要以上の言葉はかけないようになった。
救いがあるとすれば、苦い経験をしたのは私だけじゃない、ってこと。
彼が放課後によく図書室を利用していることは、好意を抱いている子なら誰でも知っている。でもみんな盗み見るだけ。読書や勉強の邪魔をしてまで声をかけるチャレンジャーは、もはやいなくなった。
一人でいるときの彼は、『触らぬ神に祟りなし』みたいなもの。嫌われたくなければ、遠くから見ているしかない。
ただ一つ、みんなが知らないであろう彼の秘密を、私は知っている。
校内で知っているのは、たぶん私だけ。
私が知っていることを、彼も知らない――。
運動部の声がグラウンドから徐々に消えるころ、その日最後のチャイムが鳴ると彼は、貸し出した本をカウンター横の返却ボックスへ入れて帰る。
学年屈指の秀才だし、おかしいことじゃない。きっと速読も得意なんだろう。
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