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一度だけの出来事なら、私の妄想として片付けられたかもしれない。
でも、彼の奇怪な行動は、一度や二度じゃなかった。
ある日の彼は、体を屈め、何かに手を差し伸べるような仕草をしていた。また違う日には、ベンチの隣に誰かが座っているかのように、微笑み頷いていた。ベンチの前を右へ左へと歩き回り、急に足を止めて振り返っていたこともある。
ここまできて、私はようやく気づいた。
――彼のその挙動には、全て“誰か”が一緒にいる。
いろんな小説や漫画から得た薄っぺらい知識だが、彼にはきっと、私達には見えない何かが視えているのだ。
彼のそんな噂は聞いたことがないが、だからといって誰にも確かめないし、言わない。カウンター越しに彼を見ながら、日々募っていく気持ちと一緒に、今もひっそりと私の中に隠している。
“私だけが知っている”
それはとても特別なことに思えた。
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