第4話(その2)

1/1
前へ
/22ページ
次へ

第4話(その2)

 幾分上気した高官は、戦車が来るので通行止めになると言う。だが私は高官の持つ名物に気を取られながら、早く店を出てプノンペンへ帰りたいと思った。だが表の様子を見れば、そうはいかない。  なにしろ戦場へ向かうような勢いで、車列は数台のジープからさらに数の多い装甲車と続いた。私も護衛艦なら造船所でなんどもか見たことがあるが、完全な重装備を施した兵隊や戦闘車両などは見たこともない。それもどこまで続くのかと思うほどの車列だった。  だがそれだけでは済まない。車の轟音に導かれるように戸を開けた高官は、私を促しながら店の前に出た。するとけっこう幅が広いはずの国道が、車列の舞い上げる土煙に覆われている。  さらにそれが我々の立つ店へもうもうと押しよせてくる。だがそれも束の間、目の前の轟音が背後から迫る爆音になんなくかき消されていった。 「Oh――、Tanks have arrived from Ukraine!」  と、気をつけの格好をして高官が叫んだ。  見ればいつの間にか例の布切れを肩にかけて、腹とベルトの間に拳銃を差しこんでいた。 (拳銃、ウクライナ、戦車……)と、私は頭の中でくり返しながら、夢を見ているようだった。それも酷く寝汗をかきそうな悪夢だった。  だが見ている内に、とぐろを巻く土煙の中から、空に向かって角を突きだすような砲塔が飛びだしてきた。はっと思って見る戦車の姿は、まるでカブトムシのお化けのような鉄面皮そのもの。  ドドドド――と地響きを立てながら、それこそ目にも止まらぬような速さで駆けぬけていく。重厚なキャタピラが、アスファルトといわず赤土の側道といわず、あらゆるものを巻き上げながら突き進んでいく。 「きっとこの後の車両に将軍が乗っておられる。この店の裏のVIPハウスで休憩のはずだ。これはいい機会、あなたに紹介しよう」  そう言うと高官は足早に裏へまわろうとする。そこへ国道から走りこむ軍用車が五台六台、店の脇の側道から奥へ入っていった。  すぐに側道を閉鎖しようとする兵士に声をかけた高官は、背後に立ってなにもできない私を誘う。現地語で高官がなにを言ったのか分からないが、バリケードを開く兵士が私を尊ぶような目で見た。  そこから数十歩、路を塞ぐ兵士が持つカービン銃が気になる。いつか韓国の警備兵が持つのは見たが、目の前にいる兵士とは比べものにならない。特殊な黒いマスクをして、その目は血走っていた。  彼らに囲まれて待つこと数分、突然奥のハウスから優に身長2メートルはあろうかという大男が、ヌッと現れた。その姿、なにかの挿絵で見た、三国志の張飛を彷彿とさせるような偉丈夫だった。 「良く来た――。君は、日本のどこから来たのか?」  と、その距離一メートル、私を見下ろしながら将軍が言う。  やはり太い声で端的に呟いた。  だがその目、その目を見たとき私は、 (この目はきっと、人を殺している)  と、なぜかすぐに確信した。 (つづく)
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加