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「なぜですか? 私は、隕石が落ちることを予知してから、気が気ではありませんでした。地下に逃れようがなにしようが、もう手遅れです」
「そうですね」
「だから最後に、告白だけでもと思ったんです。……ところで、先輩の口振りを思い返すに、なんだか、私の告白を事前に察知していたように思えるんですけど」
「僕は、一年後のことが予知できる予知能力者なのです」
「えっ」
「隕石のことは、一年前から予知していました。しかし、君の言うとおり、逃げたってなんの解決にもならない大災害です。報道がないのもそのせいでしょう」
「そうだと思います。いたずらにパニックを招くだけですから」
「僕はなんとか地球が救えないかと思いましたが、まったく無理でした。なのでせめて最後に地球上の幸せを少しでも増やそうと思い、ボランティアに打ち込んできたのです」
「なんと」
「君が好きだと言ってくれた僕の行動は、隕石衝突に対する、やけのやんぱちというやつだったのです」
「それはなんだか、とてもやるせない気持ちです」
「ええ。しかし、今の僕は、少しありがたいとも思っています」
「なにがでしょう。私のような美少女に告白されたからでしょうか」
「いいえ。僕は一年間一人きりで地球滅亡の秘密を抱えて生きてきて、相談する相手も誰もいませんでした。でも最後の最後に、終焉の日が来ることを共有できる人に出会えた」
「高杉先輩」
「ずっと寂しくて仕方ありませんでした。おかしな縁ですが、感謝しています。それでは、さようなら。明日はいい気分で死ねそうです」
「待ってください、先輩」
「まだなにか」
「先輩は、明日どうやって過ごすか決めているんですか」
高杉先輩は、右手を拳にして口に当てた。
そして、おもむろに告げてくる。
「サンドウィッチをたらふく食べようと思います。耳を落とした食パンの、家族視聴向けアニメでヒロインが草原でバスケットに詰めてそうなやつです」
「なぜサンドウィッチを」
「不思議ですか」
「はい。人生の最後に選ぶほどの料理には思えません」
「宮内さん、考えてみてください。サンドウィッチを、今まで、食べてきて。常に、『少し足りないなあ』と思いませんでしたか?」
私は十六年間の自分の半生を数秒で振り返り、はっとした。
「言われてみれば。家で作っても、お店で買っても、『なんだかちょっと少ないんだよなあ』といつも思って生きてきました」
「そうなのです。サンドウィッチは、常に、我々に物足りない思いを強いてくる料理でした。特に、バゲットなどならともかく、食パンでのサンドウィッチだけをお腹一杯食べたことのある人類というのは、そういないはずです。お店で買うと微妙に高いですし」
「コンビニでお腹いっぱいサンドウィッチを食べようと思ったら、ひと財産失いますものね」
「宮内さんの財産の単位と規模は気になりますが、そういうことです。では、僕はこれで」
「どこへ行くんですか」
「スーパーです。卵、ハム、レタス、キュウリトマト、チーズ、ツナ、ポテトサラダ、その他諸々。買い込まねばなりません。バターに、牛乳も忘れてはなりませんね。サンドウィッチには、牛乳以外の飲み物は合いません」
「先輩」
「なんでしょう。コーヒー党ですか?」
「違います。私はこう見えて、実は料理が得意なんです」
「特にどう見えているということもありませんが、それは素晴らしいですね」
「私に、サンドウィッチ作りを手伝わせていただけませんか。明日は、私と一緒に過ごしていただけませんか」
先輩は、軽く空を仰いで、息をついた。
その口元は微笑んでいる。
「……いいですよ」
「……もしかして先輩、明日、私と一緒にいることまで、予知されていたんですか?」
「さて、どうでしょう。とりあえず、食材は二人分買うことにしましょう。かわいい後輩に、先輩からのおごりです。最後のね」
先輩が軽く肩をすくめた。
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