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翌朝、私は先輩の家に招かれた。
先輩は、ポテトサラダは自作するというし、ハムは棚にあるうちから一番高いものを選んで買ったらしかった。
「最後ですからね。奮発です」
「先輩のご両親はいらっしゃらないんですか?」
「いません。今日は僕と宮内さん、二人きりです」
それから、二人でサンドウィッチを作っている間、先輩といろいろな話をした。
隕石が落ちてくるのは、昼過ぎ頃のはずだった。
残された時間を惜しむように、私たちは学校での出来事や、共通の知人や、部活動の部員のことなどをありったけ話した。
おしゃべりな子だと思われるのは恥ずかしかったけれど、話したいこと全てを話し切ってしまいたかった。
やがて、リビングのテーブルに山盛りのサンドウィッチが出来上がった。
「先輩、壮観ですね」
「ええ。一つの夢の光景でしたね」
「今日、それが叶うんですね」
「ええ。地球最後の日にこれができて、よかったです。どんな夢も、叶えた後は空しいものですからね。食べ物は、食べる前が一番おいしそうですし、食べ終わればただ満腹になるだけです。なにを食べたかも関係なく」
「でも、誰と食べたかは結構大事ですよ。食べ物は消えても、思い出は残りますから」
先輩は微笑んだ。
「そうですね」
「では私、牛乳を入れますね」
「ありがとう。そういえば、宮内さんは、今日で地球が滅亡する予知を見たんですよね」
「はい」
「自分や周りの人が絶命するところは見ましたか?」
「それは見てないんです。ただ、人類もほかの動植物もすべて絶滅することは分かりましたけど。……やっぱり、苦しいんでしょうか」
「さて、どうでしょう。僕もそこまでは予知していません」
私は先輩に場所を教わって、グラスを二つ取り出した。
先輩がそこに牛乳を注いでくれる。私がやると言ったのに。
「では、宮内さん、乾杯」
「乾杯です」
静かなお昼だった。
テーブルに着くと、かたわらのテレビでは、ニュース番組をやっていた。株価がどうとか、外国の治安がどうしたとか。
最後まで、隕石のことは報道されないらしい。
私は、牛乳を一息に飲み干した。
料理の間水分補給をしていなかったので、のどがかわいていた。
「……宮内さん。僕は、一つ、嘘をついていました」
「えっ。本当は私のことが女として好きなんですか」
「そんなことは全然ありません。しかし、告白しなくてはなりません。僕は、隕石が落ちる時、どんなに人類が苦しむかを予知していたんです」
「なんだ」
「なんだとは。あの隕石が落ちる前は、人々はとても苦しみます。凄まじい熱に当てられ、身動きはできなくなり、這いつくばったまま体はただれ、呼吸は阻害され、いっそ殺してくれと世界中で大合唱し、しかしなかなか死にはしないんです」
「それは苦しいですね」
「ええ。絶命するのは、のどの渇きと体の激痛に何時間もさらされ、死んだほうが遥かにましな、地獄のような苦しみを味わいつくした後なんです」
「本当ですか」
「本当です」
「だから、私を、隕石が接近する前に毒殺しようとしたんですか」
外から、鳥の声が聞こえた。
こころなしか、普段よりも、騒がしく聞こえる。複数の野鳥の声が合わさって、少し異様な感じがした。
空の変調を、感じ取っているのかもしれない。
「……宮内さん、気づいていたのですか」
「私も嘘をついていたことを告白します。実は私、自分の死に方を予知していたんです」
「えっ」
「眠るように、苦しまず、静かに息を引き取るのだと知りました。不思議でした、なんで隕石と全然関係ない死に方をすることになるんだろうと」
「……僕が、今の牛乳に毒を入れました。苦しまずに死ねる毒です」
「それをご両親にも盛ったんですか」
「いえ、僕の両親は僕から隕石のことで相談を受けた後、自ら服毒して死にました。君に盛ったのは、両親が僕用に残した分です」
「えっ。それでは先輩が苦しむことに」
「それは罰です。僕は君を殺すのだから」
「なるほど。納得です」
「今朝、僕の両親がいないと言った時、どこに行ったかと尋ねられないので、もしかしたら感づいているのかもしれないと思いましたが」
「予知の内容から推理したら、ひょっとしたらそうかなと思いました」
「当たりです」
「惚れましたか、先輩」
「惚れはしません」
「無念です。頭の切れるところを見せつけたというのに」
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