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私の手足がしびれ出した。
座っていられなくなったので、先輩が横のカウチに寝そべらせてくれる。
「私はあとどれくらいで死ぬんですか」
「五分ほどです」
「早っ」
テーブルに山盛りのサンドウィッチ。
二人分あるというのに、私が食べることは、もうない。
「これが、私が最後に見るごはんなんですね。食べられないのに」
「申し訳ありません」
「いえ。どんなごちそうも食べれば満腹になるだけですけど、食べられなかったものは私の中で永遠のごちそうです。永遠に私の心を引きつけ続けるのです」
「分かる気がします。殺しておいてなんですが」
「終焉が来るのに、永遠です。凄いですよね」
「ええ。凄いですよ」
先輩が泣いていた。
空調の調子が悪いのか、私の体が死にかけているからなのか、なんだか体が熱いように感じる。
いや、これは、気温が上がっているのだ。この部屋の中だけでなく、地球全体の。
「先輩、私、先輩の寂しさを紛らわすことができて、本当に嬉しいです。とても充実した気持ちです」
「宮内さん」
「最後に、もう一つだけ告白してもいいですか」
「愛の告白なら、応えることはできませんが」
「なんでですか」
「世界が終ろうが終わるまいが、君は僕の恋愛対象ではないので」
「けっ」
「けって」
「じゃあそれはもういいです。もう一つのやつ」
「まだあるんですか」
「実は、私の予知能力についてなんですけど。一日後のことが予知できるというのは、嘘です」
「はあ」
「本当は、二年後のことを予知してしまうんです」
テレビの中から、ニュースキャスターが消えていた。
窓の外で、街がざわめき出した気配がする。
「……では、君は、僕よりさらに一年も前から、隕石のことを」
「つらかったです。誰にも相談できなかった。親にも友達にも。寂しくて仕方なかった。孤独でした。でも、先輩も同じ思いをしていたことが分かって、なぜだか私は、その寂しさが報われたような気持ちでいます」
「宮内さん」
「先輩、私の死も心も救ってくれてありがとう」
「それはおかしい。僕は君を殺すのだから」
「人間、いつか死にますしね。ていうか全員今日死ぬんですから」
「大局観」
「先輩が、苦しんで死んでしまうことだけが心残りです」
「では、僕も、最後の告白をします。人々が苦しんで死ぬというのは嘘です。誰も全く苦痛なく、一瞬で死にます。もちろん、僕もね」
嘘つけ、とは言わなかった。
先輩の涙は、止まらなくなっていた。
うなずいたせいで、私の目に溜まっていた涙もぽろぽろと頬を下っていく。
頭の先に、リビングの窓があった。
そのガラスの向こう、青い空の果てに、ほんの小さくぽつりと、赤い点が見えた。
それはみるみるうちに大きくなり、空気の温度がさらに勢いよく上昇していく。
これが最後の光景なのは嫌だな、とテーブルに目を向けた。
先輩の肩越しに、白亜のお城のようなサンドウィッチの楽園が見えた。
黄色い卵、ハムとレタスとキュウリ、トマトとチーズ、ツナ、ポテトサラダ、その他いろいろ。
そこで私は目を閉じた。
私の体は暑さを感じなくなり、やがて熱自体を失って、眠るように安らかに、私の生命は終わった。
終
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