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時空b
「妄田君、あなた音大とか、音楽の道は考えないの?」
「え!音大ですか?やぁ~金かかりそうだし考えてはなかったですけど……。」
「そう。三年間見てきて、あなたはなかなかセンスがあると思ったんだけどな。」
「本当ですか?!え、どのあたりが?」
「そうね〜。もちろん選曲もいいなぁと毎年思ってるのよ。それに歌もピカいち上手だし、リズム感もある。感情が込められていて……何だか言葉にできないけど、あなたの声や演奏には惹きつけられるものがあるわ。楽譜に忠実かと言われたらそうではないんだけど、あなたの音楽の魅力というのかしら。」
「まじすか!あざす!実は俺、毎日作曲したりして遊んでるんです。けど音楽で飯食うなんて狭き門だろうしなーとか、勝手に諦めてて……。」
「確かにそうよね。もちろん、プロへの道は険しいけれど、全く別の道を選んでしまうのはもったいないなぁ。」
音楽の授業の堂先生は、「まぁだからって、やっぱり飯が食えなかったじゃないかって恨まれちゃうかもしれないんだけど」と冗談ぽく笑った。
奏太は、高校生活最後の自由発表会を終えた音楽室を出て、クラスへ戻る廊下を足早に歩きながらわくわくが止まらなかった。音大なんてどうしたって金がかかる。それにさっき堂先生に話した通り、プロになるなんて現実離れした遠い夢のような気がしていたからだ。だけど、先生にこんな風に声をかけてもらったのは初めてだった。十八年間の人生で味わったことのない高揚感だった。俺にはひょっとしたら、何か才能のようなものがあるのかもしれない――。
それからというもの、奏太の行動は早かった。「俺、音楽の道に進むから!」と両親に告げたかと思うと、何となく流れでやっていた手頃な大学への受験準備はとっととやめて、まずは駅前で路上ライブをやってみることにした。
最初こそ少し緊張や恥ずかしさがあったが、遭難船が目印を見つけたかのごとく舵を切った若者は、夢中で挑戦し続けた。路上ライブの様子は友達に撮影してもらい、翌日には動画サイトへ投稿もした。
奏太のルックスがまぁまぁ可愛かったのも幸いし、ライブはそこそこ通行人が足を止めた。初めの頃はぱらぱらとだったが、毎日同じ時間帯に同じ駅でやることで、次第に固定客のような人々が付き始めた。
地道に投稿し続けた路上ライブ動画も少しずつ視聴され始め、観客が撮影したものも投稿され始めた。すると徐々に徐々に奏太の存在は世間に広まっていったのだった。
やがて、奏太はプロの目に留まることとなった。それから本格的に歌や演奏、作曲の技術を勉強し直し、プロのアーティストへと成長した。もちろん大変なことは山ほどあった。数々の苦難を乗り換え、紆余曲折ありながらも、奏太のセンスは配信の時代にがちゃりとハマり、音楽配信サイト人気トップ10入りを果たすまでに駆け上がった。しばらくの間人気は継続したが、時代の流れは早く、三十代に入り旬を過ぎた後は、メディアへの露出こそ減ったものの、プロデュースや楽曲提供など様々な形で音楽の仕事を続けた。昼夜逆転、生活リズムなんてものはあったものじゃないし、パートナーがいる訳でもないので自炊など健康管理もなく、ひどい食生活を送ってはいるが、大好きな楽器や音楽の機材に囲まれた、防音完備のイカしたこの部屋で、夜な夜な曲作りに没頭している俺は、なかなか好きだった。
音楽室で堂先生と話したあの日から、二十年が経っていた――。
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