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やっとみつけた君は
2043年現在のトレンドといえば、時空通話だ。時空通話機能が搭載されたデバイスに指紋、あるいは瞳を認証させると、〝この世に生を受けた瞬間から存在する別時空の自分″と通話することができる。ただし互いにデバイスを持っていることと、通話が許可される必要があるため、一方通行ではなかなか実現しない。それでも通話が実現した人々の間では、「本当に別時空の自分がいたなんて!」という感動の声や、「たいして自分と変わらなかった」などという冷静な声など、評価は様々だったが話題となり、時空通話搭載型デバイスが流行となっていた。
ある日の夜、子どもたちも寝静まり、夫も今日は帰宅が遅いということで、奏子は家事が一段落した後、ふとこの機能を使ってみようかなと思い立った。別時空に存在する自分って、どんな風なんだろうか。まぁ通話が叶うことは珍しいっていうから無理なんだろうけど。
脳波にコツ、コツ、コツ…という音を感じたかと思うと、
ザザ…
ザザザザ…
ノイズの後、目の前のウィンドウに男が映った。
「え…あの…?」
奏子はまさか繋がるとは思っていなかったので慌てた。
「へぇ、ほんとに来る事あるんだな。これ時空通話でしょ?」
男は好奇心の目を輝かせながらも落ち着いて会話をしてきた。
「あっ…あ、そうです!こんばんは。今地奏子です。え、でもあなた、男性…?」
奏子は目を凝らした。
「はい、こちらは妄田奏太です。へぇー!俺って、女性なんだね?」
奏太は笑っている。ずいぶん余裕があるというか、純粋にこの状況を楽しんでいるようだ。
奏子は、奏太の背後の景色に目を凝らした。何やら楽器や電子機器に囲まれていて、スピーカーのようなものも見える。
「えっと……奏太さん、いや、別時空の私なんだから敬語じゃなくてもいいのか。奏太は、今何をやってる人?どんな暮らしを?」
「俺はね、音楽をやってるよ。機械いじってばっかだけどね。これでも二十年くらい前はアーティストとして売れてたんだ。」
奏太は「生活はひどいもん」と付け加えて、後ろにほっぽらかしていた簡素な食事の残骸を見せて笑った。
奏子もクスりと笑って、
「へぇ〜すごい。なんか、かっこいい……。」と、羨望の眼差しを向けた。
「音楽の道を進んだのね……。」
「そちらは?」
「私はごく普通の一般人よ。夫と、子ども2人と。仕事は教員をやってるわ。」
「ひぇー!立派!そっちのがよっぽどすげーよ」
「そんなことないけど。だけどさ、不思議と〝やっぱりな″みたいな感じもする。」
「やっぱりな?」
「うん……。高三の時、音楽の先生に、あなた音楽の道へ進むセンスがあるんじゃないかって言われたことがあるのよ。」
「あ!俺も俺も!堂先生だろ。」
「そう!!え、何?それは同じなの?!」
「俺はあれで、堂先生の言葉で、動き出したんだよ!あの日がなかったら、ふつーに大学生になって、ふつーな仕事とかしてたんかもな。」
「ええ〜!そっかそうなんだ……。私もあの時、色々考えずに〝音楽が好き″って気持ちに素直に進んでいたらどうなってたのかな、別の道を歩んだ自分を見てみたいって、何度も考えたことあるの。だから奏太を見て、〝あーやっぱりな″って。やっと君を見つけたって気がする。」
「そうだったんか。こっちの道も色々苦労はあったよ。たまたま出会った人達のおかげで俺はありがたいことに、ちょっとは成功?っていうのかな。させてもらえたけどさ。それに結婚とか子どもとかなんて幸せな道とは程遠いしなー。」
「今の仕事も家族がいるのももちろん幸せだけど、昼夜逆転して音楽の仕事に没頭する生活なんて、ちょっと憧れちゃうけどなー。ほんとに。」「音楽の仕事、楽しい?」
「うん、まぁ色々あるけど、楽しいよ。」
「そっか。いいな……。一度でいいから、あなたになりたい。」
「いいじゃん、そっちはそっちでさ。俺なんていつ飯食えなくなるかって必死だよ。」
「それもそうだね。私が進まなかった道を奏太が進んで、しかも楽しんでるのならなんか、いいかも。奏太も一応、私なんだし。」
「そうだよな。俺も、俺にも子どもいるんだって思えるわ」と、奏太はけらけらと笑った。
ザザ…
ザザザザ…
ノイズがしたと思うと、ウィンドウに映った奏太がふっと消えた。時空通話が終了したようだ。かなりのエネルギーを消費するため、あまり長時間は使えないのだろう。
奏子は、静かなリビングで一人、クスッとおかしくなった。やっと見つけた、音楽の道へ進んだ場合の自分の姿は、想像していたほど大物でもなかったから。
完
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