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「それ高等部の教科書だ。僕のか?」
「違います。私のです」
先輩が首を傾げるのも無理はない。私は中等部三年生だ。けれど高等部一年の宇和先輩と同じ教科書を使っている。
先輩は知らないのだろう。この学校の特殊な制度を。
別に不思議なことじゃない。ほとんどの生徒にとって知る必要のないものだ。
「もう中等部に私の学ぶべきことはありません」
「よくわからんけどカッコいいな」
「先輩、口に衣ついてますよ。カッコわるいです」
「え、うそ」
宇和先輩は慌てて唇の端に手をやる。「逆です」と教えてから私は再び勉強に戻った。
まったく、どうして私はこんな間抜けな人を。
広げた教科書を読むふりをして表情を隠す。かわいい、とか思ってない。
「あ、雪だ」
先輩は窓のほうを向いた。私はにやけた唇を無理矢理戻して顔を上げる。
四角い景色には小さな雪がちらほらと舞っていた。積もらないやつだ、と思いながらも目を奪われる。
もう一月も半ばだ。冬真っ盛り。
来月には期末試験が迫っている。時間がない。
先輩の言うことに従うわけじゃないけれど、私にとっては今がイザだ。
「日下さん」
私の思いを察したかのように、先輩は優しい声で私の名前を呼んだ。
「無理はしないようにね」
ふっと力が抜けた。
気付けば私の口元には笑みが浮かんでいる。どうして、なんて愚問だった。
この人のことが好きだと、私が思ったんだ。
「ありがとうございます。程々にしときますよ」
私は視線を教科書に戻した。シャーペンの背を二回押す。
大丈夫。無理なんかしない。自分の願いを叶えるための努力を無理なんて呼ばないから。
そう、これは私のためだ。
――私は、先輩の先輩になりたい。
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