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「どうして教室も体育館も食堂も別なのに、自習室だけ中等部と高等部共有なんでしょうね」
「そりゃ高等部の先輩に勉強教えてもらえるとか進路相談乗ってもらえるとか良いこと尽くしだからだろ」
「私邪魔しかされてませんけど」
「誰だ僕の大事な後輩を邪魔するやつは。許せんな」
カリッと先輩はカレーパンを齧る。カリッじゃないわ。
「てか先輩は勉強しなくて大丈夫なんですか? 期末試験来週ですけど」
「大丈夫大丈夫。知ってる? カレーって食べると頭良くなるんだ。ターメリックが記憶力にいいとかで」
「記憶力が良くても憶えるもの知らなきゃ意味ないですよ? テスト範囲わかってますか」
「テスト範囲って何?」
「よく高等部上がれましたね」
本当にこの人は何を考えてるのかよくわからない。いや何も考えてないのかも。
今日も美味しそうにカレーパンを頬張る先輩をもう少し見ていたい気はするけれど、私も追い込みをかけなければ。
一通り勉強は済ませているが飛び級の試験がそんなに甘いわけがない。
私は真っ黒になったページを捲り、新しい白を広げる。
「先輩、この一年は楽しかったですか?」
カレーパンを食べ終えた宇和先輩に私は尋ねた。
私は飛び級をする。してみせる。
しかしそれは『高等部一年生』という青春の一ページを読み飛ばすということでもあった。
今更未練はないけれど、失うものの大きさくらいは知っておきたい。
「ああ楽しかったよ。この一年が無かったらと思うとゾッとするね」
「へえ。何がそんなに楽しかったんですか?」
「そうだなあ」
先輩は口を開こうとして「いや」と首を振る。
「それは日下さんが自分で見つけなよ。ネタバレは厳禁だ」
宇和先輩は歯を見せて笑った。
その笑顔を見れば、先輩の青春は一ページじゃ収まりきらなかったんだとわかる。
「変なところで気を遣いますよね、先輩は」
「昔ミステリー小説の密室トリックを友達にバラされたことがあってな」
「あー下手に犯人バラされるより嫌ですね」
話しながら私はシャーペンを走らせる。
先輩の話を聞けば飛び級するのが惜しくなるかと思ったけど、そうでもなかった。むしろやる気が出たほどだ。
「でも、先輩のおかげで」
まっさらなページがすらすらと黒鉛で埋まっていく。一行埋まるたびに、私は先輩に近づいていくように感じた。
先輩の背中へとぐんぐんスピードを増して、その勢いのまま地面を蹴って、彼の頭上を跳び越して、振り返る。
「高校生活が楽しみになってきました」
彼の両目に映る青春に、今度は私も登場してやる。
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