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「おつかれ」 「おつかれさまです」  戸を開けると、自習室にはいつものように宇和先輩がいた。椅子の背もたれに浅く腰掛けるようにして立っている。  いつもと違うのはカレーパンを持っていないこと。春休みは購買も休みだからだろう。  今日の私は教室の真ん中の席に鞄を置かない。  どうせすぐ移動するし、持ったままでも苦じゃないからだ。財布とスマホくらいしか入ってない。 「先輩来てたんですね」 「日下さんもね。でも行き先はここじゃないだろ」  返事をしようとして、言葉に詰まった。  今日は飛び級試験の結果発表日だ。  試験結果が貼り出されているのは中等部と高等部の校舎を繋ぐ渡り廊下にある掲示板。わざわざ自習室を経由する必要はない。  それでも、ここに来た理由は。 「足が滑りました」  ふふ、とどちらからともなく声が漏れた。先輩は微笑んで、私も笑っている。  春休みの校舎はとても静かで、その笑い声がこの学校で唯一の音のように思えた。 「それ受験生は絶対言っちゃダメだよ」 「私、受験生じゃないですから」  先輩、と私は彼を呼ぶ。心のどこかで私は先輩を探していたのかもしれない。  私が知ってる先輩の居る場所はここだけだった。 「良かったら一緒に見に行ってくれませんか、私の頑張り」  かたん、と音がなる。椅子の脚が床を叩いた音だった。  自分の脚で立って、宇和先輩は真っ直ぐにこちらを見つめる。 「うん。行こう」  私たちは二人揃って教室を出た。戸を閉める直前、がらんとした室内が見える。  誰もいない自習室を初めて見るな、と私はふと思った。
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