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「うわあようやくこれで私は先輩の先輩になれたんですね。あっ、もう先輩って呼ばなくてもいいですよね! あっ、もう敬語やめてもいいよね!」 「合格直後ではしゃいでるのを加味してもやかましい」  先輩は呆れたように笑いながら掲示板の前に立ち尽くしていた私に歩み寄った。  さっきまでの見守るような距離感から、いつもの自習室の距離まで近づく。 「でも、おめでとう」 「うん。ありがとう宇和くん」 「切り替え早すぎな」  くしゃっと宇和くんは笑った。  自分で言っておいてなんだけど、宇和くんってなんかいいな。新鮮だ。これからはいっぱい呼べるんだよね。うん、なんかいい。  そんなことで私の頭はいっぱいだった。宇和くんの言う通り、舞い上がっていたのだ。  つまり、油断した。  続く彼の言葉に意表を突かれる。 「それに気も早すぎな」 「え?」  気付けば彼の笑顔の質が変わっていた。  何かを言おうとしている。きっと私の予想できていない何かを。 「日下さん」  私の名前を呼んだかと思うと、宇和くんはすっと目を逸らした。  違う。別の場所に焦点を合わせたんだ。  私は彼の視線を追う。そこには私の名前が書いてあるプリントがあった。  しかし掲示板に貼られているものはそれだけじゃない。隣にも同じ大きさの用紙が貼り付けられている。  それを見た私は「どうしてそんなことをするんだろう」と思った。  もしかすると中等部と高等部では担当する教師が違うのか。  もしくは用紙を分けることで見やすくなると考えたのか。  それとも教室も体育館も食堂も別なのだから、もちろんこれも別だろうと考えることをやめたのか。  真相はわからないが、とにかく掲示板には見覚えのある簡素なプリントがもう一枚貼り付けられていた。 『飛び級試験合格者』とタイトルがあり、その下には用紙の中心を断ち切るように一行の文字がある。  掲示板を見つめたまま動けない私の耳に彼の声が響く。 「君は、僕の後輩だ」  ――〈高等部〉一年四組・宇和(うわ)博臣(ひろおみ)  そこには宇和先輩のフルネームが堂々と記載されていた。
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