1.ある朝の出来事

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1.ある朝の出来事

 バタン、というお隣さんのドアが閉まる大きな音でハッと目が覚めた。隣に住んでいるのは若いサラリーマン。朝、時間がなくて焦っているのかストレスが溜まっているのかわからないが毎度ドアを開け閉めする度にすさまじい音がする。 (ああもう、うるさいなぁ)  まだスマホのアラームは鳴っていない。と、いうことはもう少し寝られるはず……そう思いつつ何だか損した気分でスマホを手に取ってみて凍り付いた。 「ちょっと! 何で電源入ってないのよっ」  慌ててテレビを点け時間を確認するとアラームをセットした時間はとうに過ぎている。だがまだ何とか間に合う時間だ。いつもは疎ましく思う隣人の物音に感謝しつつスマホの電源を入れた。 「あれ?」  いくら電源ボタンを押してもスマホは真っ暗なまま。そこにうっすらと映るのは三十路を過ぎた独身女の疲れた顔だけだった。 「ちょっと、嘘でしょ」  充電器につないでもランプすら点かない。帰りにスマホショップに寄るしかないと諦め、身支度をして会社に向かった。 (あーあ、昨日まで普通に使えてたのに。何なのよ急に)  電車に揺られながら半年程前に機種変更したばかりのスマホを恨めし気に眺める。だがやはり画面は真っ暗なままだ。私の乗る駅は始発なので楽に座ることができる。いつもならスマホで音楽を聴いたりネットでニュースを見たりするのに何もすることがない。手持ち無沙汰な私は車内を見回した。疲れた様子のサラリーマン、制服姿の高校生。そのほとんどがスマホの小さな画面に夢中になっている。この電車で会社に通うようになってもう何年も経つがこんな風に車内を観察したのは初めてだった。
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