2.蘇る記憶

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2.蘇る記憶

 子供の頃、私は母から半ば育児放棄されていた。いろんな男を引っ張り込んでは修羅場を演じて別れ、また次の男に走る。そんな母だった。食事も満足に与えられず、服はいつも誰かのお下がり。入学式ギリギリまでランドセルすら買ってもらえず見かねた祖母がどうにか用意してくれた。その祖母もそれからしばらくして亡くなり、他に身寄りのなかった私たち母子は頼る人もなく母のパート収入だけを頼りにギリギリの生活を送っていた。 「実はさ、あんたの父親ってどいつだかよくわかんないのよね」  したたかに酔った母からそう打ち明けられたのは小学三年生の時だ。それまでもあんたのお父さんは病気で死んだの、とか海外に住んでるの、とか適当な事を言われていたが、この時された母からの告白は幼い私にとって相当ショックだった。家を飛び出し、公園のブランコで泣きじゃくる。その帰り、日が落ちて暗くなった道で私は思いっきり転び顔面を強打した。ぬるぬるとした血の感触に怯えながら帰宅すると血塗れの私を見た母は……大笑いした。 「なぁによあんた、歯折れてんじゃん。ぶっさいくねぇ」  しばらくは歯医者にも連れて行ってもらえず学校で笑われたっけ。  社会人になってすぐ家を出て母とは疎遠にしていたが、最近になって頻繁に連絡してくるようになった。金の無心だ。結局私はまだ母から逃げ出せずにいる。不意に怒りが湧いてきた。そうだ、母のことなんて無視すればいいじゃないか。その時少女が再び私の腕を掴んで大きく頷きこう言った。 「おめでとう」  どういう意味か尋ねようとする私を後目に少女は思いの外素早い動きで人混みの中に消えてしまった。真っ赤なランドセルはもう見えない。
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