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雲が霞む春の空。
小さな田舎町の長閑な風景。民家がちらほらと遠くに見えるだけで、この辺りは草と道ばかりで目指しいものは何もない。
ポツポツと、子どものお絵かきのような細い線が空から落ちてくる。
まばらに黒く染まる地面は、すぐにバケツをひっくり返したように均一の色へと変わった。
桜が咲く季節にたまにある、花時雨と呼ばれる通り雨だ。
古びたバスの待合小屋に、私は綺麗にまとめた髪を守るようにして駆け込んだ。
年期の入った長椅子には、すでに先客がひとりいた。水滴の付いた柔らかそうな黒髪、肩に雨が染み込んだ白シャツを着た同世代くらいの男性。
どうやら、この人も雨除けでここにいる様子。はっきりと顔を見ることなく、私は反対側に離れて腰を下ろした。
濡れた白いブラウスを拭きながら、短くため息をこぼす。
ゆるく巻いて結い上げた髪は丸みを失い始め、足元に咲く水色のパンプスは雨水の茶色が付着している。予報では晴天だったのに、最悪。
最近、ため息を吐くことが増えた気がする。
上司からの理不尽な仕事の押しつけ、同僚の恋愛マウンティング。そしてーー。
『レストラン・エテェネル・ビズに17時で予約したから。会って話したい』
スマホの画面に映し出された文字が、トドメを刺してきた。
一週間前、友人の友人から告白された。悪い人ではないけど気が進まなくて、返事を待ってもらっている状態。
鼻をつまんで飲み込めば、苦いピーマンも食べられなくはない。でも、果たしてそこまでしなければならないものかと思う。
友人の大切な人であろうから、余計返答に迷うのだ。
なんだかなぁ。人生って、こんなに窮屈で退屈なものだったかな。
いつからだろう。こんな錆び付いた感情に囚われるようになったのは。
あの頃……中学生の頃は、何もない些細な毎日に没頭して生きていたと思うのに。
「あの……」
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