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ふと、足元に視線を落としてみる。散った薄紅色の花びらが、寂しそうに運動靴の下敷きになっていた。
思わず足を上げてしまう。踏みつけていた桜の花は、まるで私の心から飛び出した彼への気持ちに見えた。
「……桜?」
同じように、佐伯くんが片足を上げて地面を見た。
「もう咲いてるんだ。どこから飛んで来たんだろ」
彼の言うように、この近くに開花している桜の木は見当たらなかった。
まさか、本当に私の心から生み出されたのかと思ってしまう。
「花時雨だ……」
そんな言葉がぽろっとこぼれる。
心の中で呟いたつもりだった。独り言……やってしまったと唇をキュッと噤む。
「花時雨って、どういう意味?」
少し低めの落ち着きある声が、雨音だけの空間に響いた。
「桜の時期に降る、通り雨のこと」
可愛げのない話し方。
佐伯くんと話す時の自分がとてもキライ。
意識していることに気付かれたくなくて、素っ気ない態度を取ってしまう。
「ふーん。昔の人って、なんでも綺麗な言葉にするなぁ」
ーー好き。
その言葉だけが、雨音と共に胸の中で大きくなっていく。
せっかく話せる機会が訪れたのに。
神様がくれたチャンスなのに。
ふたりきりの時間は、想像以上に辛い。緊張しすぎて息が詰まる。
「……また、雨ひどくなったね」
「そうだね」
「明日、もう卒業か……」
「…………やだな」
無意識に流れ出る感情。それはもちろん、友達や先生に対してでもあり、一番は佐伯くんと離れたくないがための声。
「俺も卒業したくないなぁ。なんか、寂しいよね」
彼の一言が胸に染み込んで、体の中を循環していく。まるで、自分だけに向けられた魔法の言葉みたいに。
「うん」
そう答えるので精一杯な小心者なのに、少し気持ちが大きくなったりする。
今なら告白出来るかもしれない、なんて。
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