あいこ

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「え?」  思わず声が漏れる。竹田先輩の表情は動かない。 「じゃんけんで私に勝てたらお付き合いしてあげる」  一言一句違わず先輩は繰り返した。お互い口を噤む。俺の鼓動はまだひどく高鳴っていた。告白をした直後なのだから当たり前だ。そう。俺は今、部室で竹田先輩に好きですと伝えた。対する返答が、じゃんけんに勝てたらオーケー、とな。 「いや何でですか」 「いいから」  疑問を一刀両断し先輩は振りかぶった。反射的に俺も構える。 「じゃんけんぽん」  先輩はチョキ。俺はパー。負けた。これで俺の恋は終わりなのか。嘘だろ。じゃんけん一つで気持ちを受け取ってもらえないなんて納得出来ない。広げた自分の手を見詰める。パーなのは先輩の頭だ。文句を言おうとしたその時、先輩は再び振りかぶった。 「じゃんけん」  慌ててこちらも手を出す。一回勝負じゃなかったのか。今度はあっちがパーで俺がグー。また負けた。おのれ、やるではないか。それなら勝てるまで挑み続けてやる。 「強すぎる」  陽射しが傾くまで戦い、そして全敗した。数十回のじゃんけんで全て敗北する確率はいかほどか。右手と左手を交互に出したりギリギリまで先輩の手を見切ろうとしたり挙句の果てに手ではなく口でチョキと言ってみたり、試行錯誤を繰り返したが全部徒労に終わった。 「じゃんけんじゃなくてしりとりにしませんか」  そう言いつつ、大学生にもなって何を提案しているのかと引っ掛かる。 「駄目」  拘るのもわかる強さだ。待てよ、ということは。 「先輩が滅茶苦茶じゃんけんに強いことはわかりました。それに勝ったら付き合ってくれるということは、裏を返せば俺と付き合う気は無いってことですか」  悲しい推理を口にする。最初からはっきり断ればいいのに。 「いや、君のことは好きだよ」 「は?」  急に喜ばしい答えが返って来た。先輩と両想いだった。渾身のガッツポーズを繰り出す。やった。やったぞ。 「でもじゃんけんに勝たなきゃ付き合わない」 「意味がわからんです」  頭を抱える。何故付き合うための絶対条件にじゃんけんへの勝利が設定されている。先輩にこんな一面があったとは、新たに知ることが出来たのは嬉しいがおかげで恋人になれない今は邪魔でしかない。深呼吸をして、先輩、と改めて呼びかける。 「俺達、両想いなんですよね」 「うん」 「じゃあ付き合いましょう」 「君がじゃんけんに勝ったらね」 「せめて理由を教えて下さい。何故じゃんけんに勝たなければ先輩と付き合えないのですか」 「別にじゃんけんでなくてもいいのだけれども」  先輩は長い髪の毛を指で弄んだ。なかなか続きを話さない。こちらは口出しせず、辛抱強く待つ。しばらく沈黙が続いた。やがて先輩は溜息をついた。 「私、運が良いの」  それだけ呟きまた黙る。 「だからじゃんけんで俺は勝てなかったのですね」  頷く顔も綺麗だ。しかし俄かには信じがたい話であるものの、実際数十回挑んで一度も勝てなかった。現実に起きたことは受け止めなければならない。腕を組んで考える。そんな強運の持ち主である先輩にじゃんけんで勝てば付き合える。つまり。 「自分より運の良い人でなければ付き合わないってことですか。たとえ両想いの相手であっても」  俺の答えに、よくできましたと手を叩いた。褒められて嬉しい。 「でもどうしてですか?」 「意外とね、自分より相手の方が常に優れていると人は劣等感を抱くの。どんなに好きな相手でも、いつも自分より上にいられると段々不満が溜まる。想像してごらん。私とじゃんけんをすれば絶対負ける。おみくじを引けば私は必ず大吉を当てる。当たり付きアイスを買えばもう一本貰えるのが確定している。そんなこと気にしないって告白してくれる人は皆言っていたけれど、結局苛立ちを覚えて誰も彼も離れて行っちゃった」  なるほど、強運も考えものだ。過ぎたるは猶及ばざるが如しという奴か。 「まあ俺は先輩が、誰も彼もと言うほど色々な人と付き合っていたのが一番の衝撃ですけどね」 「モテるからね、私」 「そうでしょうとも。そんなわけで、文字通り運試しをしていたのですか」  俺の胸元を指差した。何ですか。ハートはとっくにあなたに射抜かれていますよ。 「君が運試しじゃんけんの被験者第一号」 「俺の前に告白した人とは」 「普通に付き合っていつも通り振られた」  ソファに座り込む。力が抜けてしまった。要はタイミングが悪かっただけ。想いは通じているのに駄目なのか。 「そうですか。両想いなのに付き合えないのは残念です。でも先輩が今まで悲しい経験をされてきたから運試し制度が導入されたんですよね。じゃあ俺は従います。貴女の笑顔が曇るのは、付き合えないより嫌だから」  先輩の目を見てはっきりと伝える。言葉は返ってこない。しかし折角告白したのだ。この際、思いの丈を全てぶつけよう。 「俺、初めて話した時から先輩のことが好きでした。優しくて、面白くて、可愛くて、綺麗で。十九年生きてきて、人を好きになったのは初めてでした。ずっとぴんと来なかった。だけど先輩と出会った一年前のあの日、これが好きってことだとすぐにわかった。不思議ですね、一時間かそこら喋っただけの相手に惚れるなんて。だから迷いました。ろくすっぽ知らない人に懸想する自分は不順なのではないかと。外見だけで好きになった、性欲お化けなのかも知れない、と。一年様子をみました。貴女の全てが好きでした。想いはもっと強くなりました。今日、告白して良かった。気持ちを伝えるのは、不安で、緊張が凄くて、逃げ出したくなりました。それでも一人で悶々としているよりずっと良い。すっきりしました。何より、先輩が俺のことを好きだと言ってくれて本当に嬉しかった。まさかじゃんけんに負けてお断りされるとは思ってもみませんでしたが、後悔はありません。貴女の幸せを大事にして下さい」  言い残したことは無い。初恋が両想いだったけど告白したその場で振られた、なんて男は俺くらいのものだろう。貴重な経験だ。先輩はそっぽを向き大きく溜息をついた。何度も咳払いをする。そして向き直ると正面から俺を見据えた。顔が真っ赤だ。 「まああれだ。強運を持つ私に惚れられたということは、つまり君もまた強運の持ち主に違いない。うん、結果が表に出ないだけで実際はとても運が強いはずだ。凄いね。おめでとう。だから付き合おうか」 「先輩、引っ込みがつかなくなったから必死で言い訳を考えたでしょう」 「そんなことはない」  でも確かに、先輩を好きになり、先輩から好きになられた俺は強運であるかはともかく幸運だ。なにより先輩に出会えたことが一番のラッキーである。 「これからよろしくお願いします。竹田先輩」 「じゃあ君が強運の持ち主である証にじゃんけんをしようか」 「余計なことはせんでいいです」  差し出された手をとる。パーで繋いでグーで握る。あいこってことで手打ちにしましょう。
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