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私はごくりと生唾を飲み込むと着物の裾を上げて、片足を前に出しました。そして鳥居を跨ごうとした所で止まりました。もしここを跨いで、本当にあの世へ逝ってしまったらどうしましょう。私には子がいませんが、優しい主人がいます。少し意地悪な姑もいます。そんな人たちを置いては逝けません。
「怖いかい」
突然後ろで店主の声がして、私は慌てて振り返りました。店主は仁王立ちしながら私をじっと眺めていました。
「いつの間に」
私が片足を地面に戻すと、店主は私に背を向けて屋台の方へ戻っていきました。私は怖くなって、店主の後をついていきます。店主は怖がる私を見ると、おかしそうに笑いました。
「御嬢さんは幸せ者だね」
「どういう意味ですの?」
「まだある寿命を無駄にせずに済んだ」
店主はそう言うと、また一つ腸詰めを焼き始めました。
ふいに一人の男がフラフラしながらやって来ました。男は屋台を見るなり、吸い込まれるように近づきます。店主は切り替えて、気前の良い声で男を迎え入れました。
「一つくれぇ」
「おいおい、お兄さん。随分と酔っ払ってらぁ」
「早くくれぇ」
「はいよ」
店主は男から金を貰うと、引き換えに腸詰めを一つ渡しました。男はむしゃむしゃと妖のように頬張りだすと、誘われるように錆びれた鳥居を見ました。
「何だか不気味な鳥居だな」
「あそこを跨げばあの世だ。死にたくなかったら跨ぐなよ」
「はは、冗談を」
男は食べかけの腸詰めを片手に、千鳥足で鳥居に近づきました。私は吸い込まれるように不安定な背中を見つめます。男はしゃっくりをしながら片足を上げると、鳥居を跨ぎました。
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