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 高校、大学、そして就職してからも、私は極力人との接点を絶った。なぜなら最初に蟲を見てからというもの、母以外の者がその場に居ない者の悪口を言うその口からも、蟲が出ているのが見えるようになったからだ。  その数は段々と増え、大きさもはっきりと目に見えるようになった。二つに分かれた前翅の境や外側に垂れる触角までも。  私は、人が人の陰口を叩く時に口から飛び出すこの蟲を「陰蟲(かげむし)」と名付けた。  陰蟲が入らぬよう、やむを得ず外出や人と会う際は必ずマスクをし、自分自身が陰蟲を出すこともないよう、絶対に人の悪いような事を口にしたりはしなかった。  しかし、人と言うものは何故こうも人を攻撃したがるのだろう。しかも見えない場所から。  私がいくら遠ざかろうと耳を塞ごうと、陰蟲は現れるのだ。電車の中で、職場で、そして買い物中であっても。  中には陰蟲を出しながら私に共感を求めてくる者も居た。しかしそれをすればきっと私の口からも陰蟲が出てしまうだろう。  そのような時私は、目を細めて息を止め、じっとやり過ごすのだ。  人と関わる時間、それは私にとって苦痛以外の何物でもなかった。
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