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ギシッ ギシッ 私が腹の上で動く度、彼女の身体が波を打つ。 高揚した肌、薄く開いた唇、潤んだ瞳。 美しい。 なんという美しさだ。 このまま彼女と一つに溶け込めたら…… ギシィッ 彼女の瞳がひときわ大きくなったかと思うと、今までしっかりと私を抱きしめていた腕から力がなくなってゆく。 最高の表情で果てた彼女の乱れた髪を、手櫛で丁寧に整える。うっすらと肌に浮かんだ汗も綺麗に拭き取り、改めて彼女を眺める。 美しい。 世界中の美がそこに集められたかのように、彼女はまさしく美であった。  私は母っ子で、いつも母の後ろをついてまわるような子供であった。母は買い物に行くのでも、回覧板を届けに行くのでも、常に私を連れて歩いた。  今思えば、母はあらゆることに不満があったのだと思う。どこへ行っても、誰と会っても、母はそこにいない人物を悪く言うのだ。子供である私の前であっても。  ある時私は、いつものように人を悪く言う母の口から「何か」が出てくるのを見た。じっと見ていると、何か黒い粒のような紐のようなものが、母がいやらしい顔をして笑う度、片眉を上げて薄笑いをする度、プップッと飛び出してくる。あるものはいくつもの節を持ち、あるものは翅を持ち、あるものは這い、あるものは飛ぶ。  蟲であった。  しばらく眺めていると、下に落ちたものは消え、そうでないものは母の周りにいる人の口へと飛んで行く。驚くことに、蟲を飲み込んだ人の口からは母と同じように蟲が飛び出してきた。  私は慌てて母の手を振りほどき自分の口を両手で塞いで、一目散に家へと戻った。  母と共に居てはいけない。  私はそれから母とは極力顔を合わせず専ら父や祖母の傍に居るようになった。
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