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その男、偽造文書の天才につき
「彼の住んでるところですか? 風光明媚なところですよ」
そう聞かされて連れて来られた場所で、男は思う。
(いや、これは……風光明媚というか、単なる限界集落というか)
周りは山に囲まれ、木々が風にざわめく。店どころか、近所の家すら見当たらない。
(こんなところに、一人で住んでるような男だ。さぞかし偏屈というか、人間嫌いというか。まぁ、覚悟はしておこう。なにせ……職業からして余り関わりたくはない人種だ)
今回は、特殊な事例だからと自分に言い聞かせながら。
「あの……それで、寺鷹さん。ここまで呼び鈴押しても出てこないってことは……留守なんじゃ?」
「いや、居ますね。これは。出るのがめんどくさいのか、寝てるのか。とにかく居ます。中から気配がするんです」
どこかのお役所の生真面目そうな青年──寺鷹と呼ばれた男がノンフレームの眼鏡をくいっと上げて。
「はぁ……。気配、ですか?」
「ええ。遼さん。あなたもジャーナリストなんだから、なんとなくわかるでしょう」
「いや、俺、ジャーナリストじゃなくて、編集だから。編集」
「どちらでも構いません。とにかく居ます。これ、絶対に居る。あの男……居留守を使うつもりか。面白い。この僕に対して居留守とは……」
寺鷹が「ふふっ」と不適に笑い。
「お邪魔しますよ」
ガラッとその家の引き戸を勢いよく開けた。
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