hope

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「なあピエール、お前さ、将来の夢とかってあんの?」 声の主は、親友のマルセル。ほとんど吐息のような声で、囁くように訊ねてくる。好奇心たっぷりの大きな瞳で、薄暗い洋館の一室を見渡しながら、のんきに世間話でもするように。 「なんだよ急に。今はそんなどうでもいい話をしてる場合じゃないだろうが」 おれはイライラを隠さずに睨みつける。しかしマルセルはどこ吹く風。お構いなしに続ける。 「そう釣れないこと言うなよ。夢くらいあんだろ?夢のない人生なんてつまらないぜ。なあ、兄弟?」マルセルはずっと何かを探している。帽子の中、コートの内ポケット、そして、ショルダーバッグの中・・・。目当てのものは中々見つからないようだ。「たとえばガキの頃、教師から聞かれたことだってあるだろうよ。そんとき、なんて答えたのよ」 「覚えちゃいないが、パイロットとか野球選手とか、どうせそんなもんだろ」そこで少し言葉を区切る。「あとは・・・警察官とか、な」 質問の意図は不明のまま、観念してそう答える。こいつの言うことはいつも理解できない。ただ、無駄なことはしないやつだった。おれはマルセルを信じている。 「いいね、悪くない夢だ。じつに子供らしい」マルセルはとうとう、パンツの中にまで手を入れまさぐり始めている。「じゃあ、おれの夢はなんだと思う?」 そう訊かれ少し考えてみたが、正解なんてわかる筈もない。おれは頭を振る。 「さあな。見当もつかない。そんなことより・・・」 おれは窓にかかったカーテンを覗こうと手にかけ、その瞬間マルセルが「あった!」と大声を出すもんだから、驚きのあまり跳ね上がる。 「おいっ、ふざけんなよてめえ、今がどんな状況だと思ってーー」 言葉はそこで塞がれた。マルセルが煙草をおれの口に突っ込んだから。マルセルも口の端に咥えている。 「まあ、吸えよ。ずっと吸ってなかっただろう?」 言って、ライターで火をつけてくる。煙を肺いっぱいに吸い、ゆっくり吐きだす・・・すると、気持ちが落ち着いてくるのを感じる。 マルセルは耳元に手を添え、真剣な顔つきで小さく頷いている。 「上からの許可がおりたようだな。外の警察たち、もうすぐここに突撃してくるぜ」 言いながら、マルセルは耳元に手を添える。長髪に隠れて気づかなかったが、片耳にイヤホンをしていた。いつの間にか逆探知をしていたらしい。 「こいつを吸い終わったら、ここから脱出する。お目当てのシロモノも手に入れたからな」マルセルの不敵な笑み。「突撃のタイミングに合わせて逃げるとしよう」 「どうやって?」 「あそこの壁、違和感があると思わないか? 洒落た収納棚のように見せかけて、隠し部屋があるんだろうな。事前に調べておいた見取り図より、この部屋は狭すぎる」 「隠し部屋があったとして、そこから先はどうする気なんだ?」 「ここでさっきの質問に答えるとしよう。おれの将来なりたかった夢はーー」 おれとマルセルの吸っていた煙草がフィルターまで灰になる。 「世界を股にかける大怪盗さ、ずっと昔からな。そして・・・おまえは最高の相棒だよ。きっとそうなる。このていどの脱出劇、おれらにとって靴ひもをほどくより簡単なのさ」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!