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「榎田さん、シェ・ヴーの料理はお好きですか?」  なんだか悔しくて、榎田さんに問いかけた。 「好きですよ。おしゃれで気取ったカフェとは違う、食べると実家を思い出すようなほっとする味がして」  榎田さんは穏やかな表情でそう答えてくれた。よかった。ちゃんとお店のことは好きなんだ。 「シェ・ヴーは『あなたの家』ですからね。わたしの大好きな大輔さんのお店をつぶすようなことになったら、わたし、榎田さんのこと許しませんよ」 「ちなみに今の『大好きな』は店長とお店とどちらにかかっているんです?」  榎田さんがゆっくりと頷くのを押しのけるようにして、優香ちゃんがにやにやしながら聞いてくる。そんなの、決まっているじゃないか。 「どっちもです!」  優香ちゃんと笑い合う。こんなやりとりもできなくなってしまうのかと思うと、さみしい。 「あの!」  榎田さんが大きな声を出したので、びくりと肩を震わせる。榎田さんは神妙な面持ちで、もじもじしている。 「僕、おふたりには見向きもされなかったですけど、わりと女性にはモテるんです。それで、前の職場クビになっちゃって」  何の話だろうと大輔さんや優香ちゃんと視線を交わし合う。 「なんだか、彼氏持ちの女の子が僕のこと好きになっちゃったらしくて、その彼氏とは別れたんだそうです。僕とその子はお付き合いはおろか、店員と客の域を出ない関係でした。でも、彼氏のほうが店に怒鳴り込んできて、大変な騒ぎになっちゃったんです。で、僕はクビになりました」 「あらまあ、それはお気の毒に」  優香ちゃんは他人事でもないという表情で榎田さんを慰めた。
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