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「クビになって、めちゃくちゃへこんでるときにこの店を見つけたんです。そのときは優香ちゃんが出迎えてくれました。正直誰とも話したくなくて、たぶん態度悪い客だったと思う。それでも、丁寧な接客をしてくれて、かといって構いすぎるわけでもなく、適切な距離感でいてくれて」 「いや、関わったら面倒くさそうと思って、最小限の接触に留めたまでですよ」  優香ちゃんは苦笑いしながらそう言ったけれど、そのとき客としてお店にいたわたしは、彼女が榎田さんのことを気にかけていたことはなんとなくわかる。少し離れた位置から様子を伺い、ちょうどいいタイミングで声をかけていた気がする。 「面倒くさそうってひどいよ優香ちゃん。まあその通りだけどね。食べたメニューはポークジンジャー。厚切り肉は表面がカリッと焼かれていて、噛み締めるたびに豚肉の甘い脂を感じて、すごくおいしかった。実家の生姜焼きは豚こま肉使ってたから一緒ではないんだけど、味付けが似てて、なんだか泣けてきちゃって。そしたら、園子さんが落としましたよってポケットティッシュ渡してくれて。でも、僕のじゃなかったから、あれは園子さんのですよね」 「ああ、差し出がましいかなと思ったのですが、なんだか放っておけず……」 「いえ、ありがとうございました。ハンカチしか持ってなかったから、助かりました。それで、ティッシュを鼻に押し当てていたら、店内のBGMの音量が大きくなって、あまり周りを気にせずに鼻をかめました」  大輔さんがあのとき厨房から出てきて、榎田さんのことを心配そうに見つめていたのを覚えている。
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