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(2)
「あなた、どうして笑っていられるの。あたし、あなたの婚約者を奪ったのよ。悔しくないの? それともあなたにとって彼はそれだけの存在でしかなかったってこと?」
「そうだ、昔からお前は俺にああしろこうしろと口やかましく言っていたではないか。それがなんだ、まるで俺のことをすっかり理解しているとでも言いたげな顔をして」
責められるのは嫌がるくせに、おとがめなしになるのは納得がいかないらしい。あるいは、彼女にすがってほしかったのだろうか。なんともわがままなふたりの言葉に対し、ローラは小さくかぶりを振った。
「おふたりの門出を心から祈っております。もう少し時間があれば、私のほうからみなさんに根回しなどのお手伝いができたのですが。何度やってもここにしか戻ってこられないのです」
肩をすくめる彼女は、まるで婚約破棄を何度も繰り返してきたかのような口ぶりだったが、慌てふためく彼らは違和感に気がつかない。
「大丈夫です。そう焦らずとも、邪魔者はすぐに消えますわ。どうやって退場するのが良いのでしょう。そこの給仕が持っている毒入りワインを飲むべきかしら。それとも、このまま国外追放されて、馬車で移動する途中で盗賊に扮した近衛のみなさまに襲われるべきかしら」
「な、何をっ」
ローラの言葉で、給仕は騎士に取り押さえられ、お盆に載せられていたワインは床にひっくり返る。さらに第二王子の後ろに控えていた近衛たちは、仲間割れを始めた。
「あら、もったいない。その毒薬は、他の死にかたに比べてずいぶんと穏やかで優しいものでしたのに。それならば仕方ありませんね」
ローラは心底残念そうにため息をつくと、扉とは反対側に向かって歩き出した。
「どこへ行く気だ! ワインの毒はむしろお前自身が混入させたのではないか? そうでなければ、毒杯を当てることなどできるはずがない! そんなに婚約破棄を告げた俺が憎いのか!」
「大事なことは相手を愛し、そして許すこと。神の御使いもそうおっしゃっているでしょう?」
彼女の歩みは止まらない。つきあたりにはバルコニーがあるだけだ。
「さて、今回は飛び降りてみることにいたしましょう。きっと空を飛ぶように、天に行けるに違いありませんわ」
「お前はおかしいよ」
「でも恋というものは、熱病のようなものなのでしょう?」
「やめろっ!」
「私、死ぬのは怖くありませんの。もうすっかり慣れてしまって。ねえ、ですから、どうぞ笑ってくださいませ」
ローラは美しく淑女の礼をとる。
「それではみなさん、ごきげんよう。どうぞ、お幸せに」
そのまま何の迷いもなくバルコニーから身を投げた。
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