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 天使の計らいで婚約破棄を繰り返しているローラだが、実のところ婚約破棄を告げられる前から第二王子との関係には不安を抱いていた。  自分が相手から好かれているかどうかくらい、堅物で友人の少ない彼女にだってわかる。婚約者が自分を疎んじていることも、親友に懸想していることも、そして親友が婚約者のことを憎からず思っていることだってすべてお見通しだったのだ。 (でも、それでは私だけあまりにも損な役回りではありませんか!)  あくまでふたりの婚姻は、国のための政略結婚。そこに第二王子の心はないだろう。だがそれはローラだって同じことなのである。  それにもかかわらず、第二王子はローラの存在こそが諸悪の原因であるかのように振る舞う。親友はと言えば、ローラを慰める振りをしながら、裏では第二王子を嬉々として甘やかしているのだからさらに始末が悪い。 (お父さまやお母さまにお伝えしたところで、きっと「お前の我慢が足りない」だとか「笑って許してやることが愛」などと言われるだけでしょう。私は一体どうすればいいの?)  そんなローラが足を運んだのが、王都の大教会だった。教会堂の中には、たいてい告解室が設けられている。そしてここで告白されたことについて、司祭は決して他者に漏らしてはならないとされているのだ。  頭が煮えくり返っていなければローラがここへ足を向けることはなかっただろう。王国だって一枚岩ではない。教会側に王国の諸事情が漏れることで、不利に働くことだってありうる。それでもその時の彼女には、他に頼れる相手がいなかったのだった。 「この部屋でお伺いしたことは、決して外には漏らしません。どうぞなんなりとお話しください」  告解室の中でうつむいていると、低く柔らかな声の司祭に話しかけられた。うっすらと見える司祭の顔は、天使のように美しい。なぜだろうか、固く封じられていた言葉が、不思議なほど口をついて出てきた。 「私、悔しいのです。私は確かに美人ではありません。可愛げもありません。それでも与えられた役割を果たすために、子どもの頃から必死で頑張ってまいりました。それなのに、どうして夫となる相手から馬鹿にされなくてはならないのでしょうか。親友に憐れまれねばならないのでしょうか。家族に呆れられなければならないのでしょうか」  感情の赴くままに泣き叫んだのはいつぶりだろうか。ただひたすらに自分の気持ちをぶちまけ、ローラは少しだけ放心していた。思っていたよりも、不平不満がたまっていたらしい。  散々泣いた後、恥ずかしさを感じながら謝罪したローラに、司祭はねぎらいの言葉をかけてくれた。たったそれだけの出来事。けれど、誰に誉められることなく頑張り続けてきたローラは、司祭の言葉であっけなく恋に落ちたのだった。  だが相手は神にその身を捧げている。一夜の慰めを乞うどころか、愛の言葉さえ拒まれることだろう。だから彼女は、叶わぬ恋心()を告白するという形で司祭との繋がりをとり続けた。こうやって定期的に司祭に会えるのであれば、どんなことがあろうとも国のために耐えられる。  そう思っていたローラだったが、事態は彼女の想像を裏切った。第二王子が言いがかりをつけて、婚約破棄を告げてきたからだ。捏造された証拠のせいで、八方塞がり。今考えれば親友も協力をしていたのだろう。  そして、一回目の人生で辺境の修道院で暮らすことになった彼女は、移動の途中であっさり殺されてしまった。盗賊という形で襲撃されたものの、彼らの動きはあまりにも統率されていた。王子の差し金であることは間違いない。 (私の人生って、一体なんだったのかしら。どうせ死んでしまうのなら、司祭さまに好きだと言いたかったわ)  そうして目を覚ました時に目の前にいたのは、司祭そっくりの顔をした天使だった。そして、彼はローラに告げたのだった。 「あなたが未練を残したまま死ねば、この世に魔王が生まれおちる。もう一度婚約破棄からやり直そう」と。
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