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「もはや一刻の猶予もないのだ」 「それは私が、魔王になりかけているということでしょうか」 「いいや、君はあくまで魔王を生み出す鍵。君自身が魔王になることはないはずだ」 「ならばいっそのことやり直しは諦めて、私の魂を打ち砕いてしまうのはどうでしょう? 天使さまは、裁きの剣をお持ちだと聞いたことがございます」 「生まれ変わりを放棄するほど、あの男のことが好きなのか……」 「天使さま、そんなに怒っては体に毒ですよ」 「誰のせいだと思っている」  その身に帯びている剣について触れれば、天使の髪がさらに深い紫に染まる。なんだか良くないことが起きているようで、ローラはおろおろするばかりだ。 「いっそあの男をこの剣で仕留めて、存在をなくしてしまえば……」 「天使さま、大丈夫ですか? それは私情でふるって良い剣ではないのでは?」  どこか追い詰められたような天使の姿に、ローラも事態の深刻さを受け入れた。夢のように幸せな時間だったが、そろそろ時間切れということなのだろう。 「どうぞこのまま裁きの剣で滅してくださいませ」 「言い残したいことはなにもないのか」  天使の瞳に射抜かれると、胸の奥に隠した秘密をさらけ出したくなる。どうせ転生もできないほど、魂を打ち砕かれるのだ。ならばいっそ、想いを伝えてみるのもいいかもしれない。 「困った方ですこと。隠したかった私の本心を暴きたてるなんて。いいですわ。それではお伝えします。初めてお会いしたときからずっとお慕いしておりました」 「……は?」 「ですから、私はあなたのことが好きなのです。天使さま……いいえ、司祭さま」  天使の影がくっきりと濃くなった。 (やっぱり見間違いではありませんわ。御髪が、完全に紫に変わっていらっしゃる) 「君はわたしが司祭だと気がついていたんだね」 「はい。失礼ながら、告解室は向こう側がほんのりと見えますから」 「だが、君はあのとき婚約者殿への愛を語っていただろう。それがどうして、私への恋心に変わるというのか」 「あら、私がいつあの男を愛していると言いましたか」 「だが、君はいつも苦しい胸の内を……」 「ええ、決して恋をしてはいけない方への想いを、絶対に私を愛してくださらない方への恨み言をお伝えしておりましたわ。でもそれがあの男だと言ったことはありません」 「……それでは、君が何度も婚約破棄からの死を繰り返してまで会いたいと願った相手は」 「あなたですね」 「……」  天使が天を仰ぐ姿を見て、とうとうローラは涙をあふれさせた。報われないとわかってはいた。それでも、こんな風に困らせたいわけではなかったのに。 「ほら、お嫌だったでしょう。私だって司祭さまが私に恋心を抱くなんてないとわかっております。ああ、残念ですわ。もしも司祭さまがただの人間だったならば、同情でも私を抱いてくださる可能性があったでしょうに」 「天使ではなぜ無理だと?」 「だって色欲は大罪のひとつ。天使さまとは縁遠い感情ではありませんか。私の恋心を今すぐ失くすことはできません。もうしばらく時間を繰り返す中で少しずつ執着を薄れさせることができたらいいと思っておりましたが、時間切れということであれば仕方がありませんわ。さあ、どうぞ一思いに」 「なるほど、そういうことか」 「天使さま?」  裁きの剣は振り下ろされるどころか、遠くに投げ捨てられた。そして、ますます強く抱き締められる。 「あの剣はもう必要ない」 「何をおっしゃっているのですか?」 「ローラ。これからは、わたしのことはバージルと呼んでほしい」 「天におわす方の御名を口にすることは恐れ多いことだと聞きます。それとももうすぐ生を終える私への慈悲ということでしょうか?」 「君は人間としての命を終えたりはしていない」 「ですが、これから魔王復活を阻止するために」 「すでに預言は成就された」 「魔王は既に復活していると? 私がなかなか未練を捨てられなかったせいで、そんな」  さすがのローラも、自分の恋が実らないのなら、世界と一緒に心中してやろうとは思っていない。初めてのわがままを押し通した結果を思い知り、涙が止まらなくなる。 「ああ、どうか泣かないで。君のせいではないのだから」  いきなり目尻に口づけを落とされ、なんのためらいもなく涙を吸われてしまう。あまりの出来事に彼女が固まっていると、くつくつと楽しそうにバージルが笑った。 「君に恋をして、嫉妬で身を焦がしたあげく、魔王となることを選んだのはわたしなのだから」
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