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(1)
「ローラ、俺はお前との婚約を破棄する」
「まあ、承知いたしました」
すっかり耳に馴染んだ婚約者からの言葉に、ローラはにこやかにうなずいた。
ここは王城の大広間。第二王子の婚約披露パーティーだったはずが、本人によるいきなりのやらかしに周囲は動揺を隠せない。一方で、婚約を破棄されたローラは彼らを気遣う余裕さえあった。
「申し訳ありません。このような形での発表は避けるべきだったのですが、私の力及ばずみなさまにはご迷惑をおかけいたしました」
公衆の面前で辱めを受けながらも、粛々と頭を下げるローラ。ところが第二王子は、彼女の反応がお気に召さなかったらしい。婚約破棄を突きつけたのは自分だというのに、地団駄を踏んで悔しがっている。
「お前は僕を愛していないのか! そこは理由を聞くなり、自分の非を改めるなりして、許しを乞うものだろう!」
彼の言葉に、顔を歪ませるひともわずかに存在した。けれど大半は、この突然始まった婚約破棄の成り行きを静かに見守るばかりだ。これからの出来事次第で、宮廷内の力関係は大きく変わる。たったひとりの少女の行く末など、誰も案じてはくれない。
よくよくそれを理解していたローラは、穏やかな表情を崩さなかった。激昂しても追いすがっても、事態は悪化するだけだと彼女は既に骨身に染みている。だからこそ、心からの祝福を向けるのだ。
「大切な方だからこそ、あなたさまの幸せを心から願っておりますの。だって、私が隣にいては彼女と幸せになれないでしょう?」
ローラは、そう言って会場の隅に立つ親友に微笑みかけた。親友はローラの視線から逃れようとするがそのまま会場からの注目を一心に浴び、結局第二王子の隣まで引っ張り出されてしまった。
「あなた、何を言って……」
「あら、晴れ舞台でそんな変な顔をしないでくださいな。ようやっと彼と大手を振って一緒になれるのですから。ああ、私が逆恨みすると心配なのですね。安心してください。むしろ私のほうこそ、あなたたちにお礼を言いたいくらいなので」
彼女が優しい言葉を紡げば紡ぐほど、大広間の室温は急激に下がっていくようだった。婚約者と親友は青ざめた顔で、歯を鳴らしている。
手を取り合うふたりの姿に、ローラは笑みをこぼした。
「本当にお似合いのふたりですこと」
なんのてらいもなく語るローラに、婚約者たちは得体が知れないものでも見るかのような眼差しを向けた。秩序と正論を重んじる彼女が、突然の婚約破棄を受け入れるなんて一体誰が想像できただろう。
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