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体中が痛い。痛みが熱をもって体中を駆け巡る。
三月になったばかりの夜は、まだまだ寒く、頬を撫でる空気の冷たさが傷の発する熱の高さを余計に感じさせた。
高雄は歌舞伎町で拉致されて、運ばれてここに来た。
高雄を襲って、車に運び込んだのは、昔の同僚たちだった。金で動いたのだ。驚くようなことではない。同じ立場なら、自分でもそうしただろう。
それでも仕事終わりに何度も焼き肉やラーメンをおごってやった後輩をその中に見つけた時、高雄の心はわずかに軋んだ。
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高校を中退し、埼玉から東京に出てきた高雄は、年を誤魔化し17から歌舞伎町でホストとして働いた。
数か月の下働きはつらかったが、華やかな見た目のおかげで、すぐに太客を手に入れ、高雄は短期間でトップホストにのぼりつめた。
人生が上手くいったのは初めてのことだった。高雄は有頂天になり、派手に金を使った。
慣れれば狭い歌舞伎町の街で、高雄は初めて「達成感」や「幸福感」や「優越感」を手にした。
これが永遠に続けばいいのに。
そう思って、これまでしたことのなかった努力をして、高雄はトップホストとして君臨し続けた。
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スナックで働いていた高雄の母親は、ほとんど彼の世話をしなかった。
父親の顔は見たことがないし、その話も聞いたことはなかった。
幼いころは、アパートの隣に住む老夫婦が面倒を見てくれた。高雄は彼らに育てられたといっても過言ではない。
その二人が死んだから、高校を辞めて、家を出たのだ。
家庭に恵まれなかった者が、幸せな家庭を夢見るのは嘘だと高雄は思う。
客の風俗嬢でそんなことを口にする女はたくさんいたが、自分に夢中になる女たちには母性の欠片もなかった。
そんな女が子供を可愛がったり、大事にしたりできるはずがない。
自分の母親のように、子供をほっぱらかし、男のケツを追い続けるに違いない。
その男にしたって、コロコロ変わる。そう思って見てると、女たちは予想通り、時間が経つと自分から離れ、他の店のホストに乗り換えたりした。
女なんてくだらないと思った。
高雄は女を好きになったことがなかった。セックスは知っていたが、恋がどんなものかわからなかった。
わからなくていいと思った。
金を手に入れ、ホストとして頂点に君臨し続ける。
夜もキラキラと輝くこの小さな街で、勝ち組であり続けることができれば、それで十分だった。
幼いころに苦労をした高雄は、見た目よりもずっと堅実で、小さな夢を磨き続けることのできる男だった。
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しかし、五年もホストを続けられる者などほとんどいないような新陳代謝の激しい歌舞伎町で、高雄は以前の位置をキープできなくなった。
気づけば七年の月日が流れていた。
二十四歳とまだまだ若いが、ホストとして高雄はもう擦り切れてしまっていた。
新しく店に入って来る新人にどんどん抜かれ、トップ10に残ることも厳しくなっていた。
誰かとトップを争っていた日々はもうすっかり昔のものになっている。
高雄とトップを争っていたホストはみな店を辞め、バーをはじめたり、系列の店の店長におさまったりしている。
高雄も新しい道を模索するタイミングだったが、高雄は街に、店に執着した。
高雄の成功はすべてそこに詰まっていたからだ。離れるのが不安だったし、また返り咲けるのでは、なんて馬鹿なことを本気で思ったりしていた。
「往生際が悪い男はみっともないわよ」
そう言って笑ったのは、十七の頃からずっと高雄を応援してくれた客のゆかりだった。
その頃、ゆかりは四十になっていたが、出会った頃からその見た目はほとんど変わっていなかった。
「整形よ、整形」
と容姿の美しさや若さを褒められると、笑いながら言っていた。
本当のところはわからない。長く付き合ってもゆかりはつかみどころがなかった。
ゆかりは健康食品を扱う通販会社を経営していて、店で使う金の額は風俗嬢に劣らない上客だった。
そのゆかりが高雄を身請けした。
高雄はヒモになったのだ。相手がゆかりだったから「まあ、いいか」と思ったし、急に糸が切れたように踏ん張るのが馬鹿らしくなった。
なってみれば、ヒモの暮らしは高雄にこの上なく合っていた。
高雄は料理や掃除など家事の腕を磨き、ゆかりを喜ばせた。
少なくない小遣いはすべて競馬やパチンコに消えた。
そんな生活が一年続き、高雄はなんとなく膿んでいた。
歌舞伎町の住人がそんな人間を見逃すはずがない。弱っているものは喰われるのがこの街のルールだ。
昔の客のソープ嬢に再会し、高雄は誘われるままに彼女と関係を持った。
働いていたころの充実感を喪った穴を埋めようとあがくような、くだらない関係だった。
しかし、彼女は高雄と関係をもったことに有頂天になり、高雄が辞めた店でそのことを吹聴した。
店ではたいして相手にされてなかった自分が、高雄と関係をもったと誇らしく語ったらしい。
話は当然、ゆかりの耳にも入った。
ゆかりは、ホストを雇い、高雄を拉致し、どこかの山に運んだ。
目隠しをされ、イヤホンで大音量のK-POPを聞かされていたため、ここがどこか想像もつかない。
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歌舞伎町でも殴られたり蹴られたりしていたのに、山に放り出されて、もう一通り同じように痛めつけられた。
どうにでもしろと大の字に倒れた高雄の顔をゆかりが覗き込んで笑った。
「大人しくしてれば、一生なにもしないで遊んでくらせたのに」
「誰がそんなこと望んだよ」
「街に帰りたくないの?」
「もう未練はない。必死にやったし」
へらへらとしていたゆかりの顔がなぜか引き締まる。
どの言葉が、何がゆかりにヒットしたのか、高雄にはわからない。自分はバカだから。
「一人で帰れるの? そんな体で」
「死ぬならそれで構わない」
「本気?」
「許しを請うと思ったか? 連れて帰ってくれと」
高雄は思わず笑ってしまう。
そこまで楽しそうにヒモをしていたように見えたのだろうか。それほどではない。
「そんな体でこの樹海は抜け出せない。ほんとに死ぬわよ」
「だから、それでいいって。しつけー女だな」
「あっそ。バカな男。じゃね」
ゆかりが高雄の顔に唾をはき、離れていく。
高雄を運んできたワゴン車がエンジンをふかし、走り出す。
高雄はほっとして、目を閉じた。
感じたことのない静けさが、高雄の全身をしっかりと包んでくれていた。
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それからどのくらい眠ったのか。
体の痛みと頬打つ風の冷たさで高雄は目を覚ました。
暗い空の深さは変わっていないように見えた。時間の経過がわからない。
でも、朝は来るのだろう。
おそらく、こうしててもひと晩では死ねはしないのだろうから。
プラネタリウムのような空が広がっていた。
丸くドーム型に自分の頭上を包んでいるようだ。
ちりばめられた星は、大きいモノも小さいモノも、輝きが強いものも弱いものもある。
歌舞伎町みたいだと思った。
「パトラッシュ・・・ もう、疲れたよ・・・」
つぶやいて苦く笑う。
空には満天の星が広がっていて、高雄は初めて夜空が美しいと思った。
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