60人が本棚に入れています
本棚に追加
「俺さ、実は大学で彼女を見つけた時、正直戸惑ったんだ」
玲弥さんが、あの女の人について語り始めたから、僕は何も言わず耳を傾ける。
「まさか再会するなんて思ってなかったから……声を掛けられた時は、焦ったよ」
思い出しながら、あなたが話を続ける。
「ほらっ、俺がここに引っ越ししてきた頃のこと覚えてる?」
その問い掛けに、静かに頷いた。
「あの時、引っ越してくるの本当は嫌だったんだ。彼女と離れたくなかったんだよ。子供心に好きな子とさ。だから、初めてあの家を見たとき、切なかったんだ……。お前のせいで……なーんて思っちゃうくらいにね」
冗談っぽく言うあなただけど、僕にはこれが本心だといことがわかる。
それは、初めてあなたを見たときに感じたままの答えだったから――。
初めてあなたを見たときの、あの切なそうな表情は、あの女の人と離れたくなかったからだったんだ。
ようやく、あの時の謎が解けた。僕の中で、ずっと引っ掛かってたことだったから――。
「けどさ、いざ住んでみたらすぐにここの生活が楽しくなって、初恋の人のことなんて忘れてた。まあ、そういう言い方は良くないけど、思い出に出来たんだ」
はっきりとした言葉だった。
玲弥さんの中で、あの人はもう思い出の人になったってことだよね?
「じゃあ、今は……」
「俺にとっては、ただの同期生」
「でもっ……」
そう言い掛けて、言葉に詰まる。思わずあの日のことを口にしてしまいそうになった。
高校最後の試合の日、僕がここで二人を見ていたことを……。
「でも、何?」
「いやっ、別に……」
顔を逸らしてやり過ごそうとした僕の腕を、あなたがキツく掴んでくる。
「言いたいことがあるなら、ちゃんと言って」
真っ直ぐと僕に向かってあなたが言う。
僕は少し考えて、話すことにした。
「見たんだ……。二人がここでケンカしてるの」
「ここで?」
「そう……。サッカーの試合の日、朝早くに目が覚めたから、今日みたいにランニングをしに来たんだ。そしたら……」
思い出して、僕はグッと奥歯を噛んだ。
「あっ、あれね……。見られてたんだ……」
「たまたま通り掛かったら玲弥さんの声が聞こえて……ちょうど二人が言い合ってる時だった」
「ふーん……」
思い出したくない場面が、次々と頭を過っていく――。
あなたは、少し何かを考えた後、ふと僕の方を見た。
「気になる?」
「いえ……別に……」
「そっか、ならいいや」
気になりながらも、素直に聞くことができない。
そして、あなたはそう言うと、ゆっくりとベンチから立ち上がった。
「玲弥さん……?」
すぐにあなたを呼び止めると、歩き出そうとしていた足を止めて、その場に立っていた。
「断ったんだ……」
「えっ……?」
「彼女からの告白を断った。そしたらやけになっちゃって、放っておくこともできないから、後を追いかけて家まで送ったんだ」
「そうだったんだ……」
あなたの言葉を聞いて、僕は何故かホッとしていた。
付き合っていた訳じゃない――むしろ、あなたはあの人からの告白を断っている。
「昨日は、授業で必要なデータを写させてもらってた」
「そうなんですね……」
ついでと言わんばかりに、昨日のことも説明してくれた。それを聞いて、またホッとしている僕がいる。
「俺は、他に好きなやつがいるから……」
それだけ告げると、あなたはそのまま歩き出す。
僕は、その後ろ姿をただ見つめていた。
見えなくなるまでずっと……。
あなたの好きな人――それは一体、誰なのだろう?
最初のコメントを投稿しよう!