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突然のキス
――次の日――
昨日の朝、あなたに好きな人がいると聞いたけれど、相手は僕の思っていた人ではなく別の人で、それはきっと僕の知らない人――。
今は、家庭教師の時間で、目の前にはあなたがいる。
何もなかったように、いつもと変わらない態度のあなたが座っている。
好きな人に、好きな人がいる――。
そのことを知った瞬間、胸の奥がちくりと痛んで、苦しくなった。
今も目の前にいるあなたに、ちらちらと時折視線を向けてしまう自分がいる。
気になる――僕は、あなたの好きな人が誰なのか知りたいけど、聞く勇気なんてない。
「あの……」
「ん?」
「解けました」
出された問題をやり終えて声を掛けると、僕の前の問題集を自分の方へと引き寄せて、答え合わせをしてくれている。その時間でさえ、僕はあなたから目を離せずにいた。
「うん、正解! ちゃんと出来てる」
「はい」
「じゃあ、今日説明したところは大丈夫そうだから、次回はここからね」
「はい……」
「んと、そしたら来週までの課題は、付箋貼ってるページだから。忘れずにやっておくように」
「わかりました」
業務的なやり取りを終えて、もうすぐあなたが帰ってしまう時間だ。
カバンに持ち物をしまっている姿を見つめながら、心臓がキュッとなった。
「じゃあ、今日はこれで。また……」
立ち上がりながら、終わりの言葉を言い掛けているあなたの服の裾を握りしめた僕は、顔を上げることができないまま、更に裾をギュッと握り締める。
そんな僕の手をそっと自分の手で包み込むと、あなたはもう一度その場にしゃがみ込んだ。
「どうかした?」
低音ボイスで優しく問い掛けてくるあなたに、僕は首を横に振る。
無意識に取ってしまった行動だった――自分でも何がしたいのかわからない。
ただ、気がつくと、あなたの服を掴んでいたんだ。
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