初キス

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 確か、あれは小学五年の夏休みに二人で出掛けた探検という名の森遊び。  たくさんの木が生い茂る中で、虫籠と虫取り網を持ちながら、カブトムシやセミなどを捕まえに行き、少し高いところにいるカブトムシを捕るために、木に登った。  僕の方が身体が小さくて、体重も軽かったから、肘と膝をついたあなたの背中に乗り、少しジャンプすると届く枝によじ登り、枝を蔦って上へと上がっていく。  ようやくカブトムシの元へたどり着き、慎重に腕を伸ばすと、親指と人差し指で捕獲した。 「玲兄、捕ったよ!」  嬉しそうに笑顔であなたに向かってカブトムシを見せると、 「やったね、壮亮!」  そう言って、笑顔で答えてくれたのに、木から降りようとした次の瞬間……、 「うわっ……」  バランスを崩した僕は、そこから一気に地面へと落ちていく――。 ――ドスッ――  鈍い音と共に、ギュッと閉じていた目を開けると、そこには僕の下敷きになっているあなたの姿があった。 「玲兄!」 「壮亮……ケガは?」  問いかけられた言葉に、首をブンブンと横に振る。  それを確認したあなたは、安心したように微笑むと、そのまま静かに目を閉じた。  僕は慌てて立ち上がると、助けを呼びに走り出す。  運良く、少し走ったところにハイキングをしている男の人たちがいて、その人たちの所へ必死で駆けて行った。 「助けて下さい! 友達が僕を助けようとしてっ……木から落ちる僕をっ……お願いします!」  気が動転して、上手く説明なんてできなかった。  ただ、あなたを助けたい一身で、走って乱れた呼吸のまま、僕は伝える。 「落ち着いて。お友達はどこ?」  優しく覗き込むように問い掛けてくれた男の人に安心した僕は、呼吸を整えると、そのままあなたの元へと案内する。 「おーい、聞こえる?」  男の人たちは、あなたに近づくと、大きく声を掛けてくれているけれど、何も反応しない。 「おーい」  次は、肩の辺りをトントンとしながら声を掛けているけれど、反応しない。 「ねえ僕、彼は君を助けようとして下敷きになったの?」  僕に視線を移した人の問い掛けに、首を縦に振る。 「そうか。じゃあ、とりあえずこのまま近くの病院へ運ぼう」 「病院……?」 「そうだよ。おじさんたちがきちんと運んであげるから心配いらない。一緒においで」 「玲兄は、大丈夫……?」 「大丈夫。すぐ元気になるから」  今にも溢れそうな涙を堪えながら質問する僕に、男の人は優しく微笑むと、そう答えた。  安心した僕は、もう一人の男の人の手を握り、一緒に歩いて病院へと向かった。  そこは小さな町の診療所で、中に入ると男の人たちがあなたの治療を始めた。  高い台に乗せられて、目に小さな懐中電灯のような光を当てられて、全身をゆっくりと触られている。  しばらくすると、 「君、名前は?」  一人の男の人が、僕の背に合わせて屈みながら聞いてきた。 「柳原壮亮です……』 「壮亮君、もう大丈夫。心配ないよ。お兄ちゃんは軽い脳震盪を起こしてるだけだから、しばらくしたら目を覚ますからね」 「本当……?」 「本当だよ」  話をしてくれていた男の人が、安心させるために頭を軽くポンポンとしてくれて、僕はようやく涙が頬を伝った。 「お兄ちゃんの名前は?」 「内場玲弥……」 「兄弟じゃないの?」 「はい。隣に住んでます」 「そっか。一応、玲弥君のお父さんかお母さんに迎えに来てもらいたいんだけど、連絡先わかるかな?」  その人の問い掛けに、必死で首を縦に振って見せると、もう一度大きな手で、頭をポンッとされた。  そして、紙とペンを渡され、僕はそこにあなたの家の電話番号を書くと、それをその人に差し出した。 「ありがとう。すぐに連絡して迎えに来てもらおうね」 「はい」  ニッコリ笑って告げると、その人はすぐ側にある電話を手に取り、あなたの家に連絡を入れていた。  どうやら、僕が助けを求めた人たちは、この診療所の先生と看護師さんだったみたい。  本当に運が良かった。  治療を終えて、小さな病室へと移された僕たちは、部屋に二人きり。  ベッドの上で眠っているあなたの手をギュッと握り、目を閉じ、心の中で何度も祈り続けていた。 ――目を覚まして……――  ふと目を開けると、そこにはまだ眠ったままのあなたがいる。  僕は、そのキレイな寝顔に引き寄せられるように顔を近づけ、気がつくと、自分の唇をあなたの唇に重ねていた。  そう、僕はずっと昔――大好きなあなたにキスをした。  その日から、僕たちが一緒に遊ぶことはなくなったんだ。
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