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彼の本当の気持ち
「さっきの話だけど……」
「留学のこと……ですか?」
「そう……」
しばらく会話もなく時間が過ぎていたけれど、あなたが静かに話を切り出してきた。
僕はすぐに留学のことだと思った。
「すごいですね……。最優秀賞が貰えるくらい英語ができるなんて。しかもハーバード大学への留学なんて」
精一杯の作り笑いをして、あなたに言う。
でも、心は複雑だった――。
「もともと英語が得意だったんですか?」
「ああ……。一番好きな教科だった」
「へえ……。僕なんて英語全然ダメだから……」
「壮亮……」
「玲弥さんってすごいや」
確信に触れるのが嫌で、あなたの言葉を遮るように話をするけれど、あなたは真剣な目で僕を見つめていた。
だから、僕も変な態度を取るのをやめて、あなたの話に耳を傾ける。
「留学が決まったのは、壮亮の家庭教師を始めた後だったんだ。それに、向こうに行けば、二年は帰って来られない。だから迷ってた」
「どうして迷うの……?」
「壮亮に同じ大学へ来ないかって誘ったのは俺だし、留学するとなると、最後まで勉強に付き合えない」
「そんなこと……」
「そんなことじゃないだろ? それに、俺は……」
あなたが何かを言い掛けて止まり、僕の目が解放され、真っ直ぐに見つめられていた視線が逸らされた。
「玲弥さん……どうしたの?」
「いやっ、何でもない。とにかく、これは俺の問題だから、純菜の言ったことは気にしないで」
今度は、僕が覗き込むように尋ねると、あなたは少し焦ったように答えている。
気にしないでって言われても気になるのが人間――。でも、それを確認する勇気なんてない。
「あの……、迷ってるのが僕の大学のことが原因なら、気にしないで下さいね。だって、ハーバード大学への留学なんて、そう簡単に出来ることじゃないと思うし……」
嘘ばかり――。
本当は海外なんて遠すぎる――。
もう会えなくなるなんて考えられない――。
そう思っているのに、困らせたくなくて、いい子を演じようとしてるだけ――。
「寂しくないの?」
「えっ……?」
「俺がアメリカ行っても、寂しくないの?」
突然の質問に、僕はどう答えていいのかわからずにいると、あなたはまた僕を見つめていて、僕の答えを待っている。
「あっ、いやっ、その……」
「俺は……離れたくないんだ」
「えっ……?」
「もう嘘並べるの無理だわ。純菜の言ったことは間違いなんかじゃない。俺……壮亮と離れたくないから迷ってるんだ」
これは夢――? あなたの言葉を聞き間違えているのかな?
目の前には、真剣な眼差しで僕を見ているあなたがいる。
「玲弥さん……」
「ずっと、ずっと好きだった」
「あの……」
「俺は、壮亮のことが好きなんだ」
僕の頭の中は、真っ白だった。
何も考えられなくなっていた――。
ただ覚えているのは、あなたは僕の目をしっかりと見つめてくれていたということ。
それなのに、僕は――自分の気持ちを伝えることができなかった。
あなたも何も聞いてこなかった。
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