出発の日

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出発の日

 「今月中に出発する」と言われて、今日がその出発の日。  せっかく気持ちが通じ合ったのに、何の進展もないまま時間だけが過ぎていた。  今日は大切な試験があって、見送りに行くことができない――。  そんな日をわざわざ選ばなくてもいいのに、あなたは『見送られるのは苦手だから』と、あえて今日という日を選んだ。  昨日の夜、最後の家庭教師の日。  いつものように勉強していると、ふいに視線を感じた。  手を止めて顔を上げると、そこには僕を見つめるあなたがいる。 「どうかしたの?」 「いやっ、別に……」 「そんなに見られてちゃ、集中できないよ」 「あっ、そっか……。ごめん……」  僕の言葉を聞いて素直に謝るあなたに、違和感を感じていたけれど、明日は大切な試験だから、集中しないわけにはいかない。 「玲兄、ここなんだけど……」 「んっ?」  わからない問題が出てきて質問を投げかけると、あなたが体勢を変えてテーブルを挟んだまま乗り出してくる。  一気に僕たちの距離が縮んだ。 「ここ……」 「ああ……。ここは……」  あなたが、一通り問題の解き方を説明してくれている。  頭をフル回転させ、理解しようと真剣に聞いていた。 「あっ、そっか! だから、この答えになるんだね」 「そう」 「なるほど……。分かりやすい」 「良かった」  柔らかい表情で微笑みながら、あなたが体勢をもとに戻し、僕たちの距離が広がる。  今日で最後なんだ――この部屋で、こうして一緒に勉強するのは――。  胸の奥がズキンと痛む。 「いよいよ出発だね」 「うん」 「もう、用意は終わったの?」 「ああ……必要なものは向こうの寮に送った」 「そっか………」  今日の課題を終え、話を切り出したのに続かない。  しばらく会えなくなるから、もっと話をしたいのに、うまく言葉が出てこない。  離れることの寂しさが、込み上げてくる。 「壮亮も明日、センター試験だね」 「うん……」 「きっと大丈夫。今までの結果がちゃんと着いてくるよ」 「うん。玲兄に恥じないように頑張らなきゃ」 「肩の力抜いて……深く呼吸するんだ。そうすれば、緊張も解れる」 「わかった」  明日は、センター試験。  僕の今までの成果を試す大切な試験。  自分のためにも、あなたのためにも、僕は頑張らなければいけない。  たとえ、大好きな人の見送りへ行けないとしても、これからの僕たちの未来のために――。
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