58人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ
出発の日
「今月中に出発する」と言われて、今日がその出発の日。
せっかく気持ちが通じ合ったのに、何の進展もないまま時間だけが過ぎていた。
今日は大切な試験があって、見送りに行くことができない――。
そんな日をわざわざ選ばなくてもいいのに、あなたは『見送られるのは苦手だから』と、あえて今日という日を選んだ。
昨日の夜、最後の家庭教師の日。
いつものように勉強していると、ふいに視線を感じた。
手を止めて顔を上げると、そこには僕を見つめるあなたがいる。
「どうかしたの?」
「いやっ、別に……」
「そんなに見られてちゃ、集中できないよ」
「あっ、そっか……。ごめん……」
僕の言葉を聞いて素直に謝るあなたに、違和感を感じていたけれど、明日は大切な試験だから、集中しないわけにはいかない。
「玲兄、ここなんだけど……」
「んっ?」
わからない問題が出てきて質問を投げかけると、あなたが体勢を変えてテーブルを挟んだまま乗り出してくる。
一気に僕たちの距離が縮んだ。
「ここ……」
「ああ……。ここは……」
あなたが、一通り問題の解き方を説明してくれている。
頭をフル回転させ、理解しようと真剣に聞いていた。
「あっ、そっか! だから、この答えになるんだね」
「そう」
「なるほど……。分かりやすい」
「良かった」
柔らかい表情で微笑みながら、あなたが体勢をもとに戻し、僕たちの距離が広がる。
今日で最後なんだ――この部屋で、こうして一緒に勉強するのは――。
胸の奥がズキンと痛む。
「いよいよ出発だね」
「うん」
「もう、用意は終わったの?」
「ああ……必要なものは向こうの寮に送った」
「そっか………」
今日の課題を終え、話を切り出したのに続かない。
しばらく会えなくなるから、もっと話をしたいのに、うまく言葉が出てこない。
離れることの寂しさが、込み上げてくる。
「壮亮も明日、センター試験だね」
「うん……」
「きっと大丈夫。今までの結果がちゃんと着いてくるよ」
「うん。玲兄に恥じないように頑張らなきゃ」
「肩の力抜いて……深く呼吸するんだ。そうすれば、緊張も解れる」
「わかった」
明日は、センター試験。
僕の今までの成果を試す大切な試験。
自分のためにも、あなたのためにも、僕は頑張らなければいけない。
たとえ、大好きな人の見送りへ行けないとしても、これからの僕たちの未来のために――。
最初のコメントを投稿しよう!