出発の日

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「これ……」  小さく言って、何かを握りしめている右手を差し出してくる。  ゆっくりと手を伸ばすと、掌の上にそっとあなたの手が乗せられた。 「これって……」 「お守り。明日の試験と大学入試がうまくいくように……。俺の代わりに見守ってくれるから」 「うん……ありがとう」  お守りだと僕の手の上に置いたのは、       「 believe in oneself 」 と、書かれたキーホルダーだった。 ――自分を信じて――  その言葉が、僕の心へと入り込んでくる。  離れてても応援してくれているって感じられるように、用意してくれたんだと思うから――大切にしよう――。  僕は、手に持っているキーホルダーを、力いっぱい握った。 「僕……何も用意してない……」 「何もいらないよ」 「でも、玲兄は僕に……」 「じゃあ、向こうで頑張れるように充電させて」 「充電……?」  何を言っているのかわからなくてキョトンとしていると、あなたが立ち上がり、僕へと近づいてくる。  ゆっくり隣に腰を下ろすと、フワッと優しく体を包み込まれた。  一瞬で、あなたの匂いが広がる――柔らかくて温かい感触――ドクンドクンと伝わってくる鼓動――全てが僕をドキドキさせる。 「これが充電……?」 「そう……。離れてても壮亮を近くで感じられるように……」  あなたの腕に力が入り、キツく抱きしめられる。  僕も、あなたの背中へと腕を回した。  僕があなたの鼓動を感じているように、きっとあなたも僕の鼓動を感じている。  そう考えると恥ずかしいけれど、嬉しかった。 「玲兄、向こうで頑張ってきてね」 「うん」 「僕、ここでずっと待ってるから」 「うん」 「ずっと、待ってる……」  泣かないと決めていたのに――涙が頬を伝う――。  寂しい別れにならないように、笑顔で送り出そうと思っていたのに――。  抱きしめられている腕が離れ、あなたが親指で僕の涙を拭う。 「泣かないで……。すぐ帰ってくるから……」 「うん……」 「大好きだよ壮亮……」  そっと唇が触れる。  僕は静かに目を閉じた――。 *************  次の日――。  僕はセンター試験を受けるために会場へ向かう。  もちろん、あなたに貰ったお守りのキーホルダーをカバンの中にこっそりと偲ばせながら――。  あなたは、僕が家を出るよりも先に空港へと出発していた。  そうなるように飛行機も選んだんだと思う。 「行ってきます」  玄関を出て、あなたの部屋を見上げて言うと、僕は歩き出す。  きっと大丈夫――。  僕にはあなたがついているから――。 「行ってらっしゃい」  今度は空を見上げて言った。  見送りには行けないから、ここから送り出すよ。  離れてても僕はいつもあなたを想うから――。
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