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試合も終わり、監督からの挨拶も終わって、各自自宅へと帰ることになった。
会場を後にして歩いていると、
「惜しかったな」
そう言って、歩道の柵に腰掛けていた信じられない訪問者が、ゆっくりと立ち上がり、僕の前に立つ。
「玲弥さん……?」
「どうしたの? そんなに驚いた顔して……」
驚きのあまり呆気に取られている僕を、不思議そうに見つめる玲弥さん。
「あっ、いえ……どうしてここに?」
かなり挙動不審になっている僕の姿を見て優しく微笑むと、
「だって、約束しただろ? 試合観に行くって」
確かにそうだけど――約束したけど――今朝見た光景だったら、来てないというか、来れないって普通思うわけで――……
「そうだけど……」
「最後のシュート、頑張ったな」
「見ててくれたんだ……」
「もちろん。約束だから……」
素直に嬉しかった。僕の最後の試合を観てくれていたことが――今、こうして目の前にいてくれてることが――……。
朝のことが気になりながらも、僕はその話を切り出すことはせず、今まで会えなかった間に起こった出来事など、他愛もない話をしながら、二人並んで家路へと向かっている。
頭の片隅にある、あの女の人の存在を掻き消すかのように僕は話していた。
そして、玲弥さんはずっと喋り続けている僕の話を、ひたすら相槌を打って聞いてくれている。
ようやく家の前まで辿り着くと、「高校最後の試合、お疲れさま」と、声を掛けてくれた。
「ありがとうございます」
お礼と同時に、軽く頭を下げる。
ゆっくり顔を上げると、夕暮れ時のオレンジの光に照らされながら、優しく僕を見ている玲弥さんがいる。
「あのさ、家庭教師のことだけど……」
「あっ、はい……」
「おじさんたちに話してくれた?」
「いえっ、それがまだ……」
「そうか……。じゃあ、決まったら連絡して。これ、俺の連絡先」
玲弥さんが小さな紙を差し出してきてそれを受け取ると、そこには、玲弥さんの名前と連絡先が書いてあった。
「これは……?」
「名刺。たまに必要な時があるんだ」
「そうなんですね。じゃあ……」
「決まったら連絡よろしく」
「はい」
「じゃあ、また」
「はい。さようなら」
手渡された名刺を左手に持ちながら、隣の家へ入っていく後ろ姿を見送る。
思いもよらない出来事に、名刺を見つめたまま、しばらくその場から動けなくなっていた。
こんなあっさりと連絡先がわかるなんて、思ってもいなかったから――。
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