高校最後の試合

2/2
前へ
/39ページ
次へ
 試合も終わり、監督からの挨拶も終わって、各自自宅へと帰ることになった。  会場を後にして歩いていると、 「惜しかったな」  そう言って、歩道の柵に腰掛けていた信じられない訪問者が、ゆっくりと立ち上がり、僕の前に立つ。 「玲弥さん……?」 「どうしたの? そんなに驚いた顔して……」  驚きのあまり呆気に取られている僕を、不思議そうに見つめる玲弥さん。 「あっ、いえ……どうしてここに?」  かなり挙動不審になっている僕の姿を見て優しく微笑むと、 「だって、約束しただろ? 試合観に行くって」  確かにそうだけど――約束したけど――今朝見た光景だったら、来てないというか、来れないって普通思うわけで――…… 「そうだけど……」 「最後のシュート、頑張ったな」 「見ててくれたんだ……」 「もちろん。約束だから……」  素直に嬉しかった。僕の最後の試合を観てくれていたことが――今、こうして目の前にいてくれてることが――……。  朝のことが気になりながらも、僕はその話を切り出すことはせず、今まで会えなかった間に起こった出来事など、他愛もない話をしながら、二人並んで家路へと向かっている。  頭の片隅にある、あの女の人の存在を掻き消すかのように僕は話していた。  そして、玲弥さんはずっと喋り続けている僕の話を、ひたすら相槌を打って聞いてくれている。  ようやく家の前まで辿り着くと、「高校最後の試合、お疲れさま」と、声を掛けてくれた。   「ありがとうございます」  お礼と同時に、軽く頭を下げる。  ゆっくり顔を上げると、夕暮れ時のオレンジの光に照らされながら、優しく僕を見ている玲弥さんがいる。 「あのさ、家庭教師のことだけど……」 「あっ、はい……」 「おじさんたちに話してくれた?」 「いえっ、それがまだ……」 「そうか……。じゃあ、決まったら連絡して。これ、俺の連絡先」  玲弥さんが小さな紙を差し出してきてそれを受け取ると、そこには、玲弥さんの名前と連絡先が書いてあった。 「これは……?」 「名刺。たまに必要な時があるんだ」 「そうなんですね。じゃあ……」 「決まったら連絡よろしく」 「はい」 「じゃあ、また」 「はい。さようなら」  手渡された名刺を左手に持ちながら、隣の家へ入っていく後ろ姿を見送る。  思いもよらない出来事に、名刺を見つめたまま、しばらくその場から動けなくなっていた。  こんなあっさりと連絡先がわかるなんて、思ってもいなかったから――。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加